「ただいま〜」
 俺が学校からまっすぐ帰るのは、自分の家ではなく、じいちゃんの家だ。俺の家は夜の九時を過ぎないと、両親とも帰ってこない。
 小学校の頃は両親のどっちかが迎えに来てくれたけど、最近は、夜の1九時半過ぎくらいになってから自分で歩いて家まで帰る。

 着いたそうそう、裏口から入って台所に直行して、冷蔵庫を開けて、一リットルのパックにそのまま口をつけて牛乳を飲み、鍋などを覗いてつまみ食いをしてたら、ばあちゃんに、
「おかえり。見学の子が来てるから、道場の案内をしてやって」
 と声を掛けられる。
 やれやれ。あぁ、メンドクセ。
「じいちゃんいないの?」
「町内会の集まりにいってる」
 ふーん。俺はため息をついて、投げやりに、
「ふぁーい」
 と答えた。

 季節外れだが、ちらほらと道場に見学者がやって来る。
 護身術を習いたいOLとか、心身を鍛えたいと親と一緒にやってくる小学生とか、武道と名のつくものは何でもかじってみたい、サラリーマンの武道オタクまで、さまざまな人がやってくる。

 敷地内には畳敷きの柔道場と板張りの剣道場の二つがある。
 いつもじいちゃんが教えてる訳ではなく、じいちゃんの弟子が教えてるクラスもあるし、市や区のスポーツセンターや武道館にじいちゃんが教えに行って知り合いになった合気道や空手の先生に場所だけ貸してる教室とか、夏休みのみとか、何回で終了とか、短期でやってるような授業もある。
 じいちゃんも年だからって、自分で教えるより、道場を人に貸すことが増えたから、習えるものが増えた。
 上級者向けの教室もあるけど、どっちかというと地元密着のみんなの町の道場だ。
 土曜日は子供のころからここに通っていたというお父さん達が、小学生を集めて、スポーツチャンバラをやってるし、三回で終了の、女性向けの護身術講座なんてのもある。
 俺はこの道場の子ってことで、どのクラスでも飛び入りで参加する「権利」があった。面白そうなものは何でも習ってきた。そんな感じで、色々な武道を今まで習ってきた訳だ。
 居合いはじいちゃんに習ってるけど、剣道は基本練習は毎日、ここでするけど、今は連盟のやってるもっと本格的な道場に週に三回修行に行かされている。
 ちっちゃな子達のクラスでは、教室を手伝って、自分が教えることもある。


 じいちゃんは俺に道場の跡取りになって貰いたいみたいだ。人に教えても恥ずかしくない程度までは修行を積むつもりだけど、俺は勉強嫌いの馬鹿だから、大学とかも行けないだろうし、高校卒業したら、父ちゃんや母ちゃんみたいに、警察官になろうかな〜と漠然と思っている。

 学生服から剣道着に着替え、玄関兼窓口に置かれてる今やってる教室の一覧の書いてあるファイルを取ってくる。チラシが沢山挟まっていて、ぶっとい営業用ファイル。
 ま、営業も大切だからな。うん。