ばあちゃんが今度は林檎を剥いてくると言って、台所に消えてから、
「土方、頼むから今日あったことは忘れろ」
 と言ったら、
「お前も俺が今日ここに来たことは忘れろ」
 と言われた。
 じいちゃんばあちゃんの手前、致し方なく、イイコぶってるのを俺に見られるのは普段クールぶってる土方からすると、恥ずかしいことであったであろう。

 結局、帰るに帰れず、十時近くまで土方はうちにいて、やっと帰ることになった時、ばあちゃんは、俺に向かって、
「ついでに送ってっていってあげなさい」
 と言った。
「へーい」
 と俺は返事する。
「いいぜ、別に。歩いて帰るし…」
 土方がちょっと慌てたように遠慮する。
「俺もこれから自分ちに帰るから。ちょっと待ってて。裏から自転車取ってくる。門のとこでまってて」
 俺は、朝、五時にトライアスロンが趣味のとうちゃんに起こされて、一時間ほど一緒に走った後、自転車でここまで来て、朝の稽古をしてから、自転車をここに置いて、歩いて学校まで行くのだ。
 で、学校からまっすぐここに帰ってきて、稽古してご飯食べて、家に自転車に乗って帰る。
 自転車を裏から引きずってくる。門のところでばあちゃんと困った顔した土方がいた。
 自転車にまたがって、
「後ろ乗れよ〜」
 と声かけた。
「また絶対いらっしゃいね」
 とばあちゃんがまた言ってる。
 仕方なさそうに、土方が自転車の後ろにまたがる。
「悪かったなー、ばあちゃんのワガママにつきあわせて」
 と自転車を漕ぎながら、一応言った。
「は?」
 と聞き返される。
 漕ぐとタイヤとの摩擦で発電される自転車についてる電灯が、漕ぐたびにギュンギュンと結構大きな音をたてるし、俺は前を向いてるから聞きづらいようだ。
 仕方ないので、今度はでかい声で、
「悪かったなー、ばあちゃんのワガママにつきあわせて!!」
 と怒鳴った。
 それに対して、土方がなんかごにょごにょ言ってた。
「は〜?」
 と今度は俺が聞き返したら、
「別に構わない!!俺んち、じいさんもばあさんももういないから、ちょっと懐かしかった!!」
 と土方はでかい声で言った。