姉上の病状は、たった一人の肉親である俺に、姉上の罹った病院から逐次に「本当の所」を知らされた。病状は少しずつ進む。そうは長くはないということを、もう何年も前から医者に言われている。
病院は、姉上には本当の所を言わなかったが、父と母の看病をし、見送ってきた、姉上は分かっているだろう。
姉上は、よく俺に、自分が死んだ後の話をした。
「私が死んだら、お父さんとお母さんのお墓の横に小さな墓を作って頂戴」とか「葬式は寂しいからやらないで。総ちゃんだけで見送って頂戴」とか。控えめな姉上らしいささやかな願いだ。
俺は、
「何言ってるんですか」
と作り笑いで相手にしない。
滅多に会わない姉上と会うと、俺は緊張してつい敬語になってしまう。
姉上は俺にとって、そんな近くて遠い人だ。
俺が相手にしないと、
「総ちゃんにはほんと迷惑を掛けるわね」
と姉上は自嘲的な笑顔で何度も言う。
「いやいや、僕の方が」
と俺は心から言う。
早くに亡くなった父母の代わりに、俺を育ててくれた姉上に、俺は一生頭が上がらない。
なんて美しい理想的な弟妹愛。
我ながら、らしくなくて反吐が出そうになる。
でも俺は、姉上の残り短い人生を美しいものにしてやりたかった。
誰に馬鹿にされてもかまやしねぇ。
例え、三流の茶番劇だったとしても、俺は姉上と会う時だけは嘘でも理想的な弟になって、姉上の短い人生の彩りくらいにはなりてぇのよ。
姉上は人の倍、苦労してきたんだ。いいじゃねぇか、それくらい。たった一時のことだ。
やれやれ。血まみれの人殺しの癖に、俺もいっぱしの家族の情って奴から逃れられねぇ。