俺もいつアチラ側に回るかしれねぇ。

 死ぬこと自体は怖くねぇが、でも今はやっぱり死ねねぇなぁと思う。
 姉上より先に死ぬ訳にはいかねぇや。姉上を最後まで泣かす訳にはいかねぇ。
 それが唯一、俺が姉上に出来る孝行って奴だ。

 姉上の病気と近づく死を思う時、激しい喪失感と同時に、少なからず俺は安堵に似たものも覚えている。
 こんなろくでもない生き方をしている俺は、どうせそうは長くねぇ。
 それでも、俺は、少なくとも、「姉上の病気」のおかげで、「姉上より早く死ぬ」という不孝をせずに済むのだ。

 あと少しだけ。俺は、姉上が亡くなるまでのあと一時だけ、生き延びられればいいのだ。
 その思いは、闇夜を走り続け、やっとありついた寝床のように俺を安堵させる。

 すぐ傍に死神の存在を感じる度に俺は思う。
 待ってろ死神。あと少しの辛抱だ。
 あと少し待ってくれりゃあ、俺は地獄にだって何にだって落ちてやらぁ。  



 廊下を歩いていたら自販機でジュースを買おうとしている土方さんの姿が見えた。
「あー、いいなー。ジュースー。俺にも買ってくだせぇ。今、金欠なんでさぁ!」
 と大きな声で声を掛ける。
 土方さんは嫌そうな顔でこっちを振り向いて、
「一昨日、給料日だっただろうが」
 と嫌味ったらしく呆れた声で言う。
「うちのねーちゃん、また入院してるんでさぁ」
 と俺が答えると、少し気まずそうな顔をした後、はーっとため息をつき、無言のまま、財布から小銭を取り出して自販機に入れて、背中を向ける。
「ありがとーございやーす」
 と気のない御礼を言い、光る自販機のボタンを押す。ガコンと音を立てて、缶ジュースが落ちる。

 姉上が入院しているのも、給料日にほとんどの金を送金してしまったのも本当だ。
 昔からの馴染みは皆、俺の事情を知っているから、なんだかんだと俺に奢ってくれる。
 姉上とも馴染みの近藤さんは、絶対俺には金を出させないくらいだ。
 土方さんも、タカれば、微妙な顔をしながらも、なんだかんだと奢ってくれる。

 自販機から取り出した缶ジュースのプルタブに指を掛け、プシュッと音を立ててあけて、冷えた甘ったるい炭酸飲料を一口飲む。



 そうだ。土方さんは、姉上に惚れてたんだった。
 そして、姉上も、土方さんのことを思ってた。

 二人は傍目から見れば分かるくらいにお互いに意識しあっていた。
 でも二人はなんともならなかった。

 あの女にはだらしねぇ、遊び人で女ったらしの土方さんは、姉上には指一本触れなかった。
 確かにこんな仕事してたら、本気の女には手を出せねえだろう。

 それだけ姉上は、あの仏頂面の朴念仁に愛されてたって言う訳だ。

 姉上は、ずーっとずーっと綺麗なまんまだ。