無言のまま、煙草に火をつけ、枕元に置かれていた剣を取り上げ、俺が凭れて座っている、壁に同じように凭れて、剣を抱いて座る。
 壁の向こうは異常はない。相変わらず聞こえるのは商売女のワザとらしい派手なあえぎ声と戯言だけだ。
 時間がまるで止まったんじゃねぇかってほど、ゆっくりと流れている。
 土方さんがため息交じりで吐き出す煙が、煤けた天井に上っていくのをぼんやり見ていた。
 しばらくの沈黙の後、
「いつ突撃になるか分からん。寝とけ」
 と、土方さんは視線を天井に向けたまま、俺に乾いた声で命令する。
 ……殺し屋家業も体が資本だ。
 そう言われても、こんな精神の状態で横になっても眠れそうにはなかった。今は真っ昼間で、外はとにかく良い天気で明るかった。


「しかし、よくもまぁ、昼夜問わず飽きもせず、次々とやることがあるっすねぃ」
 といささか愚痴っぽく、独り言を呟く。
「……性欲っつったら人間の三大欲求の一つだからな」
 と煙を吐きながら土方さんが呟く。
「ったく、こちとらこれから、チュウもせずに死んでいくっつーのによ」
 と俺がぼやくと、
「お前、その年でキスの経験もねーのかよ。そりゃ本当に気の毒だな」
 と言って、ハハハハと土方さんが馬鹿にしたように笑う。
 俺は自分が余計なことを言ったと気づき、自分の浅はかさにムッとしながらも、
「マジでカワイソウっすよ」
 と開き直って言う。
「いやいや、そりゃ本当にカワイソウだな」
 クククククと土方さんが笑う。
 俺も何だか本当におかしくなってきて笑った。まともに寝てないし、神経は張り詰めてるし、明日には死ぬしでもうヤケだ。

 だから、
「カワイソウだから、俺が相手になってやるよ」
 と土方さんに言われた時、マジでか?と思いつつも、どうせもう死ぬんだから良いか、と思った。
 別にキスの経験がないまま死ぬのが惜しい、とか思った訳じゃないし、四方八方から聞こえてくる女のあえぎ声に股間が刺激された訳でもない。
 とにかく、もう何でも良かったのだ。すぐには宿の状況は変わりそうになかったし、狭い部屋に閉じ込められて、他にやることもなかったし。
 姉上より先に死ぬことになることについて、ずーっと考えていたが、その時、目の前にいる土方さんと姉上は繋がらなかった。

 どうせ俺は死ぬんだから、最期なんだからキスだろうがなんだろうが、なんでもいいや、それだけだ。