近藤は俺に、「トシは総悟に厳しすぎる」というが、俺に言わせりゃ、近藤が甘すぎるんだ。

 近藤のソレは、「甘い」というか、溺愛に近い。


 道場への直接的な襲撃はなかったが、道場に探りを入れているものは何人も見かけた。実際、門の外で小競り合いが起き、何人かのけが人が出たり、道場に住み込んでいるものの何人かから、町で後をつけられたと報告があった。
 既に道場には何人かの江戸に行き場を失った浪人をかくまっていたし、俺達の存在自体が四方八方から色々と目をつけられていたから、その中に総悟が絡んでるものがどれだけあったのかは分からない。
 どっちにしても、総悟は血なまぐさい事件の生き証人には違いなく、いくら注意しても注意し足りない。


 あの頃は遊ぶ金はなくても、時間だけはいっぱいあった。やることは剣の修行と、寝ることと、酒を飲むこと、くらいしかなかった。

 やることがなくなると狭い庭に向かった縁側に座り、ぼーっと何もせずに空を眺めてゆっくり煙草を吸った。今と違い、あの頃は時間だけが贅沢に掃いて捨てるほどあった。
 総悟は、日中、剣の稽古と読み書きの時間以外、ほとんど一人で庭にいた。一人で石を積んだり、土を丸めたりして遊んでいた。
 近藤の道場は人口密度がとにかく高かった。仕方なく俺は、庭に一人でいる総悟を一日に何時間も、見るともなしに見る羽目になった。
 総悟は一人で遊ぶのが好きで、大人に向かって遊んでとせがむこともなかったので、俺達は無言で長い時間そこにいた。
 近藤はいつも忙しく、いつもどこかに呼ばれて外出していた。
 そんな訳で、近藤は道場にいる時はめちゃくちゃ総悟を可愛がっていたが、結果的には、俺の方が子供の頃の総悟の近くにいた時間は長かった。

 俺達は一切口を利かない。総悟は俺のことなんか一切気にせずにマイペースで遊ぶ。そして眠くなると、縁側の俺の隣に来て、大の字に寝転がって昼寝した。
 子供好きの誰かが、すぐにそれに気づいて、総悟の腹に何か掛けてやる。
 俺はまた黙って煙草を吸う。道場からは、誰かが剣を振るう威勢の良い掛け声と、竹刀のぶつかりあう音がする。
 隣から小さな子供の寝息が聞こえる。
 俺も次第に眠くなる。(実際、たまに総悟と並んで昼寝した。)
 平和なんだか、平和じゃないんだか、よく分からなくなる。