+for me+


 不二を「天才だ」と「しっかりしてる」と誰もが口を揃えて言うが、それはどうかな、とダブルスでペアを組んでいる河村は思う。

「ごめーん。英語の辞書貸して~」
不二は河村が知る限り、相当うっかりしている。ダブルスを組むようになってから、不二は3日に1回は、河村に何かを借りに来る。
河村は人が良いのでまたか、とは言わない。
不二がニコニコ借りにくるので、大体毒気自体が抜かれる。
「これ?」
だから持っているものならば、従順に差し出す。
「サンキューー!!!いつもごめんね」
不二がにっこり笑って受け取る。不二の教室と河村の教室は校舎が離れていて、短い10分の休みに河村の教室までやってきて、自分の教室まで戻るのはなかなか大変なことなので、不二は走ってやってきて、走って教室に戻っていく。
「あ、そうそう、これ。お礼」
「お礼?」
不二はたまに何かしら、いつも河村から忘れ物を借りたお礼を持ってくる。大体はお菓子作りに凝っているお母さんとお姉さんに持たされたというお菓子だ。
お礼は忘れずに学校にもってくるのに、教科書は忘れるんだなぁ……と不思議に思うけど、それをいちいち口にはしない。
「そんな悪いよ」
河村はきちんとした教育を受けてきているので一応毎回遠慮する。
「いいのいいの。いつもお世話になってるし。家に湿気るほどあるし。姉さんが皆に別けてあげなさいって、持たせてくれるものだから」
そう言って不二はにっこり笑う。
「じゃあ……貰うよ。ありがとう」
「ううん。こちらこそいつもありがとう」
「時間、大丈夫?」
「あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあね!!!」
不二がそう言って、走り出す。
「うわっっ!!!」
すぐに廊下の角で向い側から歩いてきた生徒にぶつかっている。
「ごめんね。だいじょうぶ?」
不二がぺこぺこ頭をさげる。
「だいじょぶか~?」
河村が仕方なく声を掛ける。
「うん。だいじょーぶ。じゃあね!!!」
不二が振り向いて、笑顔で手を振ってまた走って行く。
また壁だの人だのにぶつからなきゃいいけど……。
不二は割とぼんやりしていて、よく壁に正面から派手にぶつかっている。
なんでみんな、あんなぼんやりしてうっかりした奴を、「天才」だとか「しっかりしてる」だとか言うんだろう?
部活でもペアとして、不二の面倒を見させられつづけている河村はいつもそれを不思議に思う。

 

「不二ってさぁ……結構あざといよね~」
3年6組の放課後の教室で、机に肘をついた菊丸がため息をつきながら、呆れた調子で呟く。
「何が?」
「外から見ててほんとバレバレ。ワザとやってんでしょ?タカさんの目の前で壁にぶつかったり、忘れ物したりさ」
「あ、分かる?」
不二がくすくす笑いながら答える。
「だって、不二そーいうキャラじゃないじゃん。そのお菓子もさ、自分で作ったって素直に言えばいーじゃん」
「えー?なんで自分で作ってるって分かるの?」
「分かるよ。不二がお菓子持ってくる日、不二から甘い匂いがするんだもん。それに、不二の姉さんや母さんの作るお菓子はもっと美味しい」
ぶつぶつ文句をいうように呟きながら、袋の中に手を突っ込み取り出して、ばりばりクッキーを食べる。
「文句あるなら食べるな」
不二が袋を取り上げる。それを菊丸が取り返す。
「文句ないけどさ。不二も結構可愛いところあるよねって話」
「結構は余計だよ」
「でもさ、そんな回りくどいやり方しても、あのタカさんは気づかないと思うよ。いったい、何望んでんの?」
「そんな大したものは望んでないよ」
「なに?」
「タカさんから誕生日にプレゼントが欲しいんだよね」
「それだけ?」
「そう、とりあえずそれだけ」
不二がちょっと恥ずかしそうににっこり笑う。
「それ貰ったら、ちゃんと諦めるつもりなんだもん」
少し拗ねたように不二が言う。
「別にアキラメなくても良いんじゃないの?」
「良いの!!!アキラメるの!!!!だから英二、誰かに言ったら殺すよ?」
不二が睨みながら、英二の両頬をつまむ。
「………言わないけどさ~」
「ヨシ」
「皆、知ってると思うけど……」
「ウルサイ!!!」
「言えばいーじゃん。誕生日もうすぐなんだよって。自分から。毎年、不二はプレゼントあげてるんだから、向こうは不二の誕生日知らないだけで、あげたくないって訳じゃないんだから」
「自分から請求したんじゃ意味がないの!!!」
「大体、不二の誕生日って普通に来ないし」
「それもあるんだよね」
は~っと大きくため息をつく。
「弱気だね。珍しい。当たって砕けちゃえばすっきりするのに」
「………砕けたくない」
「勿体無い」
「………それにこんな思いは一時期のものだと思うし」
「そーかなぁ……」
「多分、お兄ちゃんみたいな存在が欲しかったんだと思うんだよね。いつも長男で、しっかりしなさいって言われて、しっかりしてるね、ほっといても大丈夫だねって言われて育って来たから。
僕のこと、仕方ないなぁ……って、声掛けてくれたり、構ってくれたりするの、彼だけだったし、初めてだったから。駄目な子でいたかったんだね、多分、僕は」
「で、壁にワザとぶつかったりするんだ」
英二が仕方ないなぁという顔で笑う。
「大丈夫?って言われたりするのって、気持ち良いよね。割と」
「転んでタカさんに起こして貰ったりしてる時、不二、本当に嬉しそうだもんね」
「そっかな。そんな嬉しそうな顔してるかな」
「してるしてる。ほんと恋するオトメだよね」
「やめてよね。自分の性別は僕だって分かってるんだからね、ちゃんと。だからアキラメようって思ってるんだし」
「…………勿体ない気がするけどなぁ」
「良いの。とにかくね。僕は、半年後の誕生日に賭けてんの。邪魔しないでよ。言っとくけど応援もいらないからね!!!」
「分かった分かった。もらえると良いね。プレゼント」
「うん」
「でもどーせ、プレゼント貰っても貰えなくても、アキラメルんでしょ?」
「うん。アキラメル」
不二はにっこり笑う。
「そんなこと笑顔で言うなよ。こっちが悲しくなるだろ~!!!」
英二が不二に抱きついて髪をぐしゃぐしゃに撫でながら叫ぶ。
「俺、絶対応援するから!!!」
「だから、応援しなくて良いってば。でも、プレゼント貰えなくって泣いてたらその時は慰めてよね」