+present+


 僕は君を見てるだけでとっても幸せ。

 日当たりの良いフェンス越しのこの場所が俺の指定席。
対戦して君に綺麗に負けた俺には分かる。皆が君を天才だと言うけれど、君はホンモノの天才。俺は君のコロコロと形を変えるテニスに魅せられて、君をいつも追いかけ続けて今にいたる。

 君がコートにいる時は、俺は無意識にフェンスをぎゅっと握り締めてる。手に汗握る。それは、極上のエンターテイメント。
君の打ったボールが綺麗に相手コートに決まった時は、沢山の君のファンのオンナノコ達の悲鳴に混ざって、無意識に高く口笛を鳴らす。フェンスはガシャガシャ音を立てる。うるせーぞ!!!と怒鳴られる。

 今日も君は、練習で組まれた試合で敵を綺麗に叩きのめす。
コートから出た君は、ベンチに置かれた荷物からタオルを取り出して汗を拭く。スポーツドリンクを飲む。
試合を見ている時が一番楽しいけれど、そういうほっとした顔の君の姿を見るのも好きだ。

 なんだかいつもよりとても賑やか。今日は随分ギャラリーが多い。女子に取り囲まれて、何かを渡されてる。いつもの差し入れかな?
いつもは何度も遠慮してるのに、何だか今日は素直に受け取ってる。次々と女子がプレゼントを渡す。他校の女子までいる。
ハッピーバースデイの歌が風に流れて聞こえてくる。

 さーっと血の毛が引く。目の前が真っ暗になる。
もしかして、今日は不二の誕生日?
不二のストーカーを自負するこの俺が、不二の誕生日の存在を忘れてたなんて一生の不覚!!!!
早くリサーチすべきだった!!!!

「お~、やっぱりここにおったわ」
後ろから聞きなれた関西弁が聞こえて振り向くと、同じ学校の忍足がいた。
「連れ戻しに来たのか?」
「ちゃうわ。今日はここのおヒメさんに用事や。
お~、やっぱぎょーさんプレゼントもらっとるなぁ~。
お前も同じ用事で来たんやろ?跡部も後で来る言うとったわ」
「なんで知ってたなら教えてくれなかったんだ!!!」
俺は思わず忍足に掴みかかる。
「なんや、知らんかったんか。とっくに知っとる思ったわ。そりゃお気の毒。カッコワリーなぁ」
忍足が人の不幸は楽しいとばかりににやにや笑って、俺の手を振り切って、不二に向かって歩いて行く。俺はそれについていく。
「おーい、不二」
「あ、忍足くん」
「誕生日おめでとさん。これ、俺からの愛を込めたプレゼント」
「わ~、わざわざありがと~」
不二がにっこり笑う。
「あ、それ俺からもだからね!!!」
「アホ!!!便乗すんなや!!! 不二、こいつ薄情なんだぜ。不二の誕生日忘れとったんやってさ」
「忘れてない!!!!知らなかったんだ!!!ごめんね!!!不二!!!」
「そりゃそうだよ。僕が教えてないんだから。そんな、プレゼントなんかいいから、気にしないでね」
間近で見る不二の笑顔は本当にホンモノの舞い降りた天使みたいで、俺はうっとりする。でも不二の笑顔はすぐに忍足に向けられてしまう。
「ほんとに貰っちゃって良いの?忍足くん」
「もちのろんや!!!そのためにここまでわざわざ来たんやからな!!!」
「ありがとう。大切にするね」
不二が嬉しそうににっこり笑う。ずるい。大切に、だって?ずるい!!!!
「お、俺も……」
「邪魔だ。用のない奴はどきな」
そんなコウマンチキな声が背後からして、振り向くと俺に大きな影が落ちていた。いきなり首ねっこをつかまえられて持ち上げられる。二年生の樺地だ。
「ばっ、馬鹿!!!離せ!!!離せコラ!!!」
じたばた暴れる。後ろから跡部が顔を出す。
「跡部くん」
「不二、誕生日おめでとう」
そう言って、跡部は大きな真っ赤な花束を差し出す。
「………あ、ありがとう……」
困った顔をして不二が微笑んでみせる。
「年の数、なんてケチなことは言わん。100本の大輪の薔薇だ。気に入ってくれたか?」
「う、うん。でも、高かったんじゃない?」
「心配には及ばん」
「キザな奴~!!!!」
俺がぶら下げられたまま突っ込みを入れると跡部は冷ややかな目で俺に一瞥をくれてから、鼻で笑う。
「黙れ、誕生日プレゼントも買えん貧乏人が」
「ひっ、ひど~っっ!!!!買えないんじゃない!!!知らなかったから買えなかったんだ!!!ホントだよ!!!不二!!!」
「う、うん。分かってるよ。プレゼントなんか気にしなくて良いから」
「明日、明日には絶対もってくるから!!!」
「誕生日のプレゼントなんか、過ぎてから渡しても意味がないだろ」
跡部がまた馬鹿にしたように笑う。
「ウルサイ!!!」
「あははははは!!!またな不二。行くぞ、樺地」
俺はどさっと地面に落とされる。
「いてーっっっ!!!」
叫んだけど無視された。
「じゃ、そろそろ俺も帰るわ。またな、不二」
「うん。跡部くんも忍足くんも本当にありがとね!!!」
不二が笑顔で手を振る。
俺、カッコワルイ……。
ずどーんと落ち込み、その場にしゃがみこんで頭を抱えた。
「…………ごめん、不二。俺、人として最低だ」
「そ、そんなこと気にしなくて良いから」
「明日には絶対……」
「いいよ、プレゼントなんかわざわざ」
「………俺からプレゼントなんか貰いたくない?」
「そ、そういう意味じゃなくて……」
ほんと最低。もう消えてなくなりたい……。
落ち込んだままの俺を見て、不二がため息をついて、同じようにしゃがみこんで、にっこり笑う。
「本当に気にしなくて良いよ。ジローくん。
本当はね、今日は僕の誕生日じゃないんだ」
「え?どういうこと?」
「僕の誕生日は、本当は2/29日なんだ。今年はうるう年じゃないから2/29日はないから、みんなフライングして前日の28日に祝ってくれるんだ。
でも正確には誕生日は今日じゃないから、今日でも明日でも同じだよ。もしかしたら明日の方が、僕の誕生日には近いかもしれない」
そう言って不二はにっこり笑う。
「ほ、ほんと?じゃあ明日、明日俺が誕生日のプレゼントもってきたら貰ってくれる?」
「勿論、喜んで貰うよ。でもほんと、無理しなくて良いからね」
「じゃあ俺、今から買って来る!!!不二の誕生日プレゼント!!!!」
不二の優しい言葉と笑顔で復活した俺は勢い良く立ち上がって走り出す。
「ほんとに無理しなくて良いからね!!!」
背後から不二の心配そうな声がする。
「明日またくるね!!!」
走りながら振り向いて笑顔で手を振って、俺はそのまま走って街に出た。

 誕生日プレゼント。
不二に喜んで貰いたい。ずっと大切にして貰いたい。他のプレゼントに負けたくない。
俺は銀行に飛び込んで、なけなしのお年玉の残りを全額引き下ろして破れかけた財布に突っ込む。

 不二が喜んでくれるもの。不二の好きなもの。一体なんだろう?
誕生日プレゼントを選ぶのはワクワクする。
テニスの道具?それじゃあまりにありきたり。使って貰えるのは嬉しいけど、使い古されて捨てられるのは嫌だ。どうせならずっととっておいて貰いたい。
テニス以外で不二の趣味ってなんなんだろう?
そこまで考えて愕然とする。俺、不二の好きなものテニス以外何にも知らない。不二の誕生日も知らなかった。不二の趣味も知らない。
走り回っても走り回っても何にも選べない!!!!
喜んでもらいたいのに。ずっと大切にして貰いたいのに!!!!

 

 結局、店が全部閉まるまで俺はプレゼントを探して走りまわったけど、結局一つに決められなくて何にも買えなかった。
翌日も学校が終わってから、部活が終わり不二が帰る頃まで走り回ったけど、結局何にも買えなかった。
最低だ。優柔不断。不二に誰よりも喜んで貰いたいのに。

 

 そろそろ部活が終わってしまう!!!
俺は走って、青学まで行った。
もう部活は終わっていて、誰もいないテニスコートの前で、不二は制服に着替えて待っていてくれた。
俺の顔を見てにっこり笑う。
「良かった。会えて。ごめんね。今日、いつもより、早く部活終わっちゃったから」
不二はそう言って感じよく笑う。不二は俺に気を使って、笑顔でそんな嘘をつくくらい、誰に対してもとても優しい。俺にもとっても優しい。
「ごめん!!!!」
俺はとても申し訳なくなって、何度もぺこぺこ頭を下げる。
「何が?」
「俺、結局、プレゼント何にも買えなかった!!!
不二に喜んで貰いたいって思って、走り回って沢山の店を見たんだけど。
誰かのプレゼントと被るの嫌だなとか、誰かのプレゼントに負けるの嫌だなとか、ずっと大切にして貰いたいなとか色々考えちゃって、それに俺、不二がどんなものが好きか、趣味とか知らないし、だからどれもイマイチで、これだってモノが見つからなくて。不二の欲しいもの何かわからなくて。
今日もずっと探してたんだけど、結局見つからなくて、こんな時間になっちゃって。ごめん。ほんとごめん!!!」
「………そんな、何でも良かったのに」
「いっぱい、喜んでもらいたかったんだ。だから選べなくて。不二、何が欲しい?俺、それ買って来るから!!!渡すの明日になっちゃうけど!!!」
俺が走ってきたからぜえぜえ肩で息をしながら叫ぶようにそういうと、不二が困ったようにくすくす笑う。
「プレゼントは、何がもらえるか分からないから開ける時の楽しみがあるのに」
「そ、そーだけど。でも、ずっと大切に持ってて欲しかったんだ。俺からのプレゼント」
俺が必死に言うと、変な顔してるのか、それを見て不二がまたくすくす笑う。
「じゃあ、行こうか」
「ど、何処へ」
「プレゼントを買いに一緒に。僕、何が欲しいか、見て決めるから。それで良い?」
「う、うん!!!それで良い!!!」
俺がぶんぶん頷くと、不二がにっこり笑ってから、ベンチに置かれたスポーツバックを持ち上げる。
「あ、俺が持つ!!!」
「いいよ、そんな」
「いいの!!!誕生日だし!!!」
俺はスポーツカバンを不二の手から奪うように取り上げて肩に掛ける。

 僕は君を見てるだけでとっても幸せ。
でも、君と一緒に歩くのはもっともっと幸せ。