+君には勝てない+

「あーっ、また来てる」
「えへ~っっ」
 フェンスにしがみついて、顔を近づけて、一人でばたばた騒いでる彼を見つけた。
 そんな風にテニス部の練習をキャーキャー言いながら見学している女子は青学の生徒も他校の生徒もたくさんいるけど、他校の制服を来た男子生徒が、フェンスにしがみついてばたばたやってるのはとても珍しいから目立つ。でも彼はそんなことは気にしない。
 仕方なく、フェンスに近づいて、フェンスのこちら側から掛ける、僕の嫌味のこもったその台詞に対して、なんの照れも困ったな、という様子もなく、いつも本当に嬉しそうに笑うから、僕の方が逆に恥ずかしくなって困ってしまう。
 仁王立ちのポーズ決めて見せてるけど、多分今の僕は顔が赤くなってると思う。それって相当恥ずかしい。
「テキジョーシサツ!!」
 そういって、僕に向かって満面の笑顔で大きくピースサインを決める。
「よく飽きないね」
 僕はあまり赤くなった顔を見られたくなくて、そっぽ向く。
「だって、好きなんだもん」
 そう言われて、僕の心臓はビクンと跳ねる。
「なんかこう、お前のテニス見てるとワクワクしてじっとしてられなくて、体が自然に踊りだすみたいになっちゃうんだよな~!!! 直前まで眠くて眠くて仕方がなくても、ばちっと目が覚めてさ!!こう、こんなカンジ!!!」
 そういって、フェンスにしがみついたまま、その場でじたばたと地面を踏み鳴らす。
「君さぁ、敵なんじゃないの?」
「そうだよ」
「僕に勝ちたいんじゃないの?」
「うん。何時か絶対勝つよ。だから、俺が勝つまで、テニス絶対やめんなよ!!!」
 目は嬉しそうに輝いている。
「僕に負けたこと、悔しかったんじゃないの?」
「もう超悔しかったよ!!!ほんと悔しい~っっ!!!絶対いつか勝つ!!!」
 そう言って、地面をまた嬉しそうに踏み鳴らす。
 僕は、彼に絶対勝てないって思う。
 僕は、自分が負けた相手に対して、悔しいって思って睨んだりすることはあっても、こんな風に笑ったり喜んだり出来ない。
「ほんと、最近、テニス楽しいんだ。退屈しないし、眠くなんないの!!!お前と敵で良かった!!」
 そう言って、満面の笑みを浮かべる。
 僕はその笑顔をじっと見詰めて、それに気付いて慌てて目をそらす。
 君は、僕のテニスをする姿に目を奪われるかもしれないけれど、最近どうしてか僕は、君のその明るい笑顔についつい目が行ってしまうみたいだ。
「そうだ、またワザだしてよ。えーと……」
「やだよ」
 僕はそっぽを向いて上の空で答える。ちらっと彼を見る。
「え~!!!けち~!!!!」
 彼がフェンスを掴んで、ガシャガシャ音を立てながら、それでも嬉しそうに不満を訴える。
 よくできるよね、そういう嬉しそうな顔。他校の、それも自分の負けた相手に対して。
 僕が自分の負けた相手に対して向ける笑顔は、全部作った笑顔なのに。

「………それでね、俺、最近夢があるんだよね」
「は?」
なんか話が続いていたみたい。僕は上の空で聞いてなくて、聞き返す。
「夢。俺が勝ったらね?」
「誰に?」
「勿論、不二にだよ。決まってんじゃん!!!」
彼が唇を尖らせる。
「不二からご褒美が欲しいんだ」
「なんで僕が君にご褒美?」
「だってそれ、不二にしかできないことなんだもん!!!」
彼が腕を振り回して訴える。
「だから、なんで僕が負けたら、君に僕がご褒美をあげないといけない訳?」
「だーかーらー、俺の夢の話!!!」
「夢の話ね。どんな夢?」
「俺さぁ……寝るの凄い好きなのね。趣味寝ることってくらいで」
「そうみたいだね」
「だからさ、大好きな不二の膝枕で寝れたら、すっげー幸せそうだと思わない?」
そう言って、とても嬉しそうに満面の笑みで笑った。
「もう30分でも、ううん、10分でも良い!!!!超気持ち良さそうだろっっ?」
そういって、またフェンスにしがみついて、興奮して地面を踏み鳴らす。
「あー、そーしたらすっげー気持ちよさそーだなー、って思ったら。頭から離れなくなっちゃってさーっっっ!!!」
僕は君には勝てない。
「俺が不二にパーフェクト勝ちとか、氷帝が高等部で全国大会優勝とかしたら、やってくんない?5分でも良いからさ!!!」
「無理だね」
「え~?やっぱ駄目~?」
「優勝するのは、青学だよ」
僕はそういって、赤くなった顔を見られたくなくてそっぽ向く。
「あっ、言っとくけど氷帝だって、負けないぜ!!」
君は嬉しそうに王様みたいに胸を張る。
「とりあえず、まずは僕に勝つために、こんなところにいつまでもいないで練習したら? いい加減にしないとまた跡部くんに怒られるよ?」
「どーせ、跡部には毎日怒られるんだ」
胸を張って答えるので、僕はおかしくなってくすくす笑う。
「絶対、いつか俺は不二に勝つから」
彼は嬉しそうにそう言う。僕はその澄んだ目と、曇りのない笑顔に目を奪われる。
「だから、ご褒美のこと考えといて!!!」
子供のような、いたずらっ子の顔になって笑う。僕はその顔につい目が行ってしまう。

 僕は君には勝てない。もうこの時点で君に負けてる。

「僕に勝てるようになってから言いなよね」
「うん。何時か絶対勝つから。だから、俺が勝つまでテニス絶対やめるなよ!!!」
「そんなの何時になることやら」
「えへ~っっ」
僕の嫌味にも、君は満面の笑顔を浮かべる。

 僕は、君には絶対勝てない。