+Dear+

「今日は皆で奢ってあげるよ。何でもって訳にはいかないけど。何が食べたい?」
 部活後の部室、菊丸が胸を張って、不二にちょっと得意げに言う。周りで大石と河村がニコニコしている。乾と手塚がいつもの仏頂面のまま、小さく頷いている。
 不二はそれを聞いて申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね。今日はちょっと」
「えーっっ!!!不二、皆忙しくて、今日家に帰っても誰もいないって言ってたじゃん!!!」
「うん。それはそうなんだけどね」
「じゃ、いーじゃん。誕生日、いつも忙しくて家族は誰も祝ってくれないんでしょう?」
「それは、別に。僕の誕生日、四年に一回しか来ないしね」
「そういうことじゃなくて!!!」
 菊丸が腕を振り回す。不二はまた申し訳なさそうに笑う。
「ごめんね。今日はほんと、駄目なんだ。気を使ってくれてアリガトね。明日、明日なら大丈夫だから。明日、僕が皆に奢るね」
「それじゃ意味がないっしょ!!」
「ごめんね。今日、どうしても留守番しないといけなくて」
「留守番しないと駄目なの?じゃあ、不二の家に集まっても良い?ケーキとか買って、ピザとか注文して」
「……うーん」
「駄目?」
「恥ずかしがり屋だからなぁ……」
「何が?」
「今日は、もしかしたら来ないかもしれないけど、来るかもしれない人の留守番してるんだ。その人、ちょっと恥ずかしがり屋だから、皆がいてワイワイ賑やかにしてると黙って帰っちゃうかもしれないから」
「なにそれ?」
「ちょっとね。気難しい人だから」
「一緒に楽しめばいーじゃん!!」
「そういうタイプじゃないんだよね」
 不二が困ったようににっこり笑う。
「だからね。ごめんね。明日にして。明日、僕が奢るからさ」
「だから、それじゃ意味がないっしょ!!今日だって不二の誕生日じゃないのに。明日になったらもっと遠くなるじゃん!!せっかくプレゼントも皆で用意したのに……」
「ばか!!英二、言うな!!!」
 慌てて大石が英二を止める。プレゼントは秘密だったらしい。
「ふふふ。みんなの気持ちがあれば十分だよ」
 不二がにっこり笑う。

 

 不二の誕生日は、四年に一回しか来ない早生まれの2/29日。
弟の裕太とは年子である。妊娠期間は十月十日と言うが、出産後、人間はすぐに妊娠が出来る訳ではなかったりするので、裕太と周助が、年子になるには少し無理がある。(不可能ではないが、一般的に。)
裕太は、超未熟児として予定日よりずっと早く生まれた子なのである。一キロ未満で生まれてしまった裕太に対して、家族は「生きてるだけでありがとう」という状態だった。年子の兄である周助も、「裕太が他の子と違って、ちょっと特別に生まれてしまった」ということを教え込まれて育ったので、何でも弟を優先する、弟の面倒を良く見る物分りの良い子として育った。
実際、超未熟児として生まれた裕太は良く体調を崩し、病院に運び込まれ入院し、家族を心配させた。言葉も歩き出すのも、ずっと他の子より遅かった。
今はあんなに大きくなったが、裕太の体格が同年代の子に追いついたのは小学校の高学年になってからだ。

 そんな訳で、裕太は不二家の文字通り「王子様」だった。誕生日ともなると、盛大なパーティが催され、一週間しか生きられないかもしれないと言われた裕太が三才になった、四歳になったというのは、家族にとって特別なメモリアルになり、父も母も祖母も祖父も裕太の誕生日には、「こんなに大きくなって……」と感涙に目頭を押さえるほどの喜びようだった。

 それに対して、物分りが良くおとなしい周助は、四年に一回しか誕生日の来ない2/29日に生まれた事、家族で会社経営を営む不二家にとってとても忙しい決算期の三月にお祝いをしないといけないこと(不二の小さい頃、不二家の事業はちょうど経営の安定しない時期でもあった。)、本人がその忙しさと経済的な大変さを察して、誕生日のお祝いはやらなくて良いと言ったことなどから、特別な誕生日のお祝いが催されることはなかった。
その慣わしは今でも続き、不二の誕生日は家族で特別に祝られることはなかった。
それを聞いた、青学レギュラー陣メンバーが、お誕生日会をしたことがない、まともにプレゼントを貰ったことがない、という不二の誕生日会を不二に内緒で企画したのだ。

 

「せっかく皆で企画したのに~」
「ほんと、ごめんね。明日なら大丈夫だから」
いじけたようにぶつぶつ呟く菊丸を不二が困った顔で慰める。

 

 

 二月中旬の聖ルドルフ学院の学生寮の自室で、裕太は買ってきた中高生のオトコノコ向けお洒落雑誌を寝転がりながら眺めながら、うなっていた。
裕太は、この手の雑誌はほとんど読まない。小奇麗でお洒落な兄と違って、自分がテニスに傾倒していて、お洒落に無頓着であることを自覚している。その手のお洒落雑誌を眺めていても、ブランドのカタカナ名や、それが何処で買えるものなのか、ということなどがさっぱり分からない。
自分には手に負えない、と判断した裕太は、自室を出て、三年生の部屋のある上の階に行き、柳沢の部屋のドアをノックした。
柳沢の大きな声でのんきな返事が帰ってきて、裕太がドアをあけるとちょうど、柳沢の部屋には、観月と赤澤もいて、裕太はそのメンツを見て慌てる。
「おお裕太~。なんの用だーね?」
「いや、テニスと関係ないつまんない相談なんで。また来ます」
「ちょっと待った待った~」
裕太が慌てて出て行こうとするのを柳沢が止める。
「つまんない相談?気になるだーね。別に俺達、今、そんなマジメな話してる訳じゃないからさ。気にするなよ」
裕太のその慌てた様子に、面白そうなものを感じ取り、柳沢が聞き出そうとする。
「いや、ほんとそんな急ぎじゃない相談なんで」
「皆に聞かれちゃまずい話?観月の悪口とか」
「なんですって?聞き捨てなりませんね!!!」
「いや、そんな、そんなんじゃないです。ほんとくだんない相談なんです」
「じゃあ、早く言いなさい。気になるでしょう?」
気の短い観月が、苛立った顔をして詰め寄る。
「あの……あの……、誕生日に、何を貰ったら嬉しいかを聞こうと思って……」
「誕生日プレゼント? オンナノコにあげるんですか?」
「裕太も隅に置けないだーね!!」
「いや、オンナノコじゃなくて!!!」
「………オンナノコしゃなくて、オトコノコにあげるんですか?」
場がシーンと静まり返る。不穏な空気に裕太が慌てて腕をぶんぶん振り回す。
「違います。違います。そーいうことじゃなくて!!!そーいう変な意味じゃなくて!!!」
「じゃあ誰にあげるんだーね……」
「………その……兄に……」
裕太が俯いて小さな声でぶつぶつ呟くように答える。
「………そんなの何でもいーでしょうが。全く、ブラコンですねぇ……」
「ほんと、ブラコンだよなぁ……、裕太は」
「そーじゃなくて!!!変なモノ渡すと馬鹿にされるから!!!」
「あのお兄さんが裕太を馬鹿にするんですか?」
「……馬鹿にはされないけど、子供扱いされるんで」
たった一年の差なんかは実際は大したことはないのだが、中学生にとって一年の差はでかい。
二年生の裕太にとって、三年生の兄や柳沢、観月は自分より、「オトナ」なのである。
「難しい年頃だーね」
「子供扱いされないプレゼントを渡して、お兄さんに認めさせたい訳ですね」
観月は分かったように頷く。
「俺、あんまりブランド物とか、お洒落とかに詳しくないんで……、先輩達に聞こうと思って……」
「そういうことなら協力しましょう。この僕に何でも聞いてください」
「駄目だーね。観月のファッションセンスは一般的じゃないだーね!!!」
「なんですって?どういうことですか?それは!!!」
「……裕太、予算は?」
それまで黙っていた赤澤が声を掛ける。
「予算を先に聞いておかなきゃ、オススメも何もできないだろう?」
「…………五千円……」
恥ずかしそうに裕太が答える。
「五千円ですって?そんな金額じゃハンカチ一枚買えませんよ!!」
「観月は黙ってるだーね!!!」
「テニスの道具とかは?」
裕太が黙って首を振る。
「まぁ、まぁ色々あるよな」
赤澤が部長らしく気を使う。
「先輩達は今、何が欲しいですか?」
真剣な顔で裕太が聞く。
「そりゃカワイイ彼女に決まってるだーね!!」
「そんなこと今、聞いてないでしょう?」
「分かってるだーね!!!言ってみただけだーね!!!」
「大体そんな無理なこと…」
「無理ってなんだーね!!!聞き捨てならないだーね!!!」
「二人とも、喧嘩しないで裕太の相談にちゃんと答えてやれよ」
「………うーん。プレイステーション2とFF11のBBユニット込みで」
「5000円以内って言ってるでしょう?」
「分かってるだーね!!!」
「そうですねぇ。僕はルイ・ヴィトンのトレーナーかな」
「そーいう所が、一般的じゃないんだよ!!!なんだよ?ルイ・ヴィトンの"トレーナー"って!!」
「なんですか?何か文句があるんですか?」
「まぁまぁ二人とも。でも、誕生日プレゼントに何が良いか、そんなに一生懸命考えてもらえるなら、お兄さんは幸せだよな」
「ブラコンなんですよ、結局。わざわざ兄弟の誕生日プレゼントなんか悩んでまでして買いませんよ、普通。
裕太の誕生日の時は、家族全員からバラバラで電話来ましたよね?お父さんとお母さん、お姉さんとお兄さん、お祖父さんとお祖母さんから、親戚のおじさんからまで、ひっきりなしに」
「そうなのか?詳しいなぁ観月」
「そういうことまでリサーチしてるだーね」
「変な言い方しないでください!!!おかしな家族ですよ。全く」
「裕太のその様子だと、何か事情があるんじゃないのか?」
赤澤が困った顔で黙っている裕太に声を掛ける。
「………ちょっと……」
「教えてもらえないのか?」
「すいません」
「そうか。とにかく俺達は、裕太のためになるアドバイスをしてやらないとな。二人とも。俺、自分の部屋にあった、雑誌を取ってくるよ」
「しょうがないなぁ……。まぁ俺達にまかせるだーね」
柳沢も自分の部屋の本棚から、参考になりそうな雑誌を選び出す。
「感謝してくださいね」
「ありがとうございます」
「お兄さんに喜んでもらえるといいな」
「あのお兄さんなら、裕太から貰えるものは肩たたき券でも喜びますよ」
「まあまあ」

 

 

 毎年、裕太の誕生日は親戚一同が集まり、盛大にパーティが催された。
気の強い姉は自分から主張するので、毎年両親と祖母から誕生日プレゼントに欲しいものを買ってもらい、お洒落して外食につれて行ってもらっていた。
物分りの良いおとなしい真ん中の子、周助だけ、誕生日のイベントらしきものはなかった。
裕太六歳。幼稚園の友達の誕生日パーティにも何度か招かれ、誰にでも誕生日というものがあるらしい、ということを何となく理解していた。それまでは自分の誕生日を祝って貰うことに夢中で、自分の誕生日にしか気が回らなかったが、兄の周助の誕生日のお祝いはいつやるのだろう?とふと不思議に思った。

 

「周ちゃんの誕生日のパーティは?」
裕太は自分の六歳の誕生日パーティの時、皆に囲まれる中でそう聞いた。
まともに周助の誕生日のお祝いをしてこなかった大人たちは困った顔をした。周助はその空気を察して、笑顔を作り、
「僕の誕生日は人と違って、四年に一回しかこないから。誕生日のパーティは良いんだよ」
そう言って、周助は裕太の頭を撫でた。
「嫌だ嫌だ嫌だ~!!!周ちゃんの誕生日のパーティする~!!!するの~!!!プレヂェントするの~!!!」
裕太は泣き叫び、床に寝転がって駄々を捏ねた。
「周ちゃんはお兄ちゃんだから良いのよ」
「やだ~!!!やだ~!!!なんでお兄ちゃんなら良いの~?」
裕太の六歳の誕生日。裕太は一日、機嫌が悪く、泣きはらした目でぶすっとした顔をしていた。
裕太の六歳の誕生日と書かれたアルバムの写真には、周助の服の裾を掴み、泣いている裕太と困った笑顔を浮かべている周助の写真が貼られている。

 翌日、裕太は家からいつの間にか消え、行方不明になった。家族は必死になって探し、三時間後に裕太は自分で家に戻ってきた。
裕太は外出するときもいつも兄か家族と一緒だったので、一人で家を出たことがなかった。
家族は何処に行ったのか、裕太に聞いたが、裕太は何度聞いても答えなかった。
でもすぐに、裕太が何処に行っていたのか、判明した。裕太が周助に、「お誕生日おめでとう」と言って、駄菓子屋で売っている50円のチョコレートを渡したからだ。
裕太は、お小遣いを貰ってはいなかった。前日に親戚のおじさんが何気なく裕太に渡した50円玉を握り締めて、裕太は「はじめてのおつかい」ばりの冒険をしてきたのだった。
(実際、裕太はいつも周助に連れていってもらう駄菓子屋に行き、「周ちゃんの誕生日プレゼントをください」と言って、店のおばさんを困らせた。おばさんが「お金持ってるの?」と聞き、裕太から受け取った50円玉で、50円で買えるチョコレートを選んで裕太に渡した。)

 その日はもちろん周助の誕生日ではなかったが、周助は笑顔でそれを受け取った。
「ありがとね。裕太」
「うん」
裕太は得意げに答えた。
「でも、僕にプレゼントなんか良いからね。誰にも言わずに一人で出かけたりしちゃ駄目だよ」
周助に注意されると、裕太はみるみる目に涙を浮かべた。
「あ、あ、ごめんね。裕太。嬉しいんだよ。プレゼント貰うのは」
周助が裕太の頭を撫でる。

 それ以降も、裕太の誕生日パーティは盛大に催され、周助の誕生日は両親の忙しさもあり、パーティは行われず、プレゼントも忘れられた頃に気が向いた両親に渡され、3/1日には特別に用意はされなかった。
裕太だけが毎年3/1日(うるう年は2/29日)、周助に誕生日のプレゼントを渡し続けた。

 中学生になり、学校の寮に入った裕太が断固として断ったため、今年は裕太の誕生日パーティは行われなかった。(プレゼントは誕生日に次々と寮に届き、電話が鳴った。)
周助の誕生日は、今年も家族から忘れられており、両親も姉も帰りが遅く、周助は今年も家で一人だ。
今年はもうさすがに、裕太からのプレゼントはないかもしれないな、と周助は思う。でももしプレゼントを届けにきた時に自分がいないのはカワイソウだからと、周助は一人で、来ないかもしれない裕太が来るのを待っていた。

 

 夜の八時頃、ドアのチャイムが鳴る。
ドアを開けると、寒い中、走ってきたのだろう鼻を赤くした裕太が立っていて、無愛想に「これ」とだけ言って、周助にラッピングされた箱を押し付けるように差し出す。
「ありがとう」
笑顔で周助はそれを受け取る。
「あがりなよ。今、お茶入れるよ」
「門限があるから」
裕太は無愛想にそう言って、首を振り、また夜の町を走って消える。
残された周助は、おかしくなっていつまでもいつまでも一人でくすくす笑った。

 

「姉さん、母さん、裕太から誕生日プレゼント貰ったよ」 遅くなってから帰ってきた、姉と母に、周助は裕太から貰ったプレゼントを見せた。
「裕ちゃんはほんと優しい子ね」
裕太が買ってきたプレゼントを見ながら、姉が感心したように言う。
「ほんとにね。姉さん」
周助は笑顔でそう答えた。