+Lacky+

 俺はとっても運が良い。

「おっ、射手座運勢一位じゃん!!!ラブ運も絶好調~!!!ラッキーカラーは緑!!!ラッキーな食べ物はミートスパゲッティ!!!」
テレビの前でガッツポーズを作る。
朝のテレビの占いで、射手座が一位のラッキーデイは、俺は部活を放り出して、走って君に会いに行く。
「母ちゃん母ちゃん!!!緑の靴下何処?」
「何色でも良いでしょ!!!遅刻するでしょ、さっさと学校行きなさい!!!」
「そーいうツメんところが肝心なんだよ!!!」
たんすの引出しをひっくり返す。
「もー、毎朝毎朝!!!!」
「あったーっっっ!!!母ちゃん、緑のハンカチは?」
「知らないわよ!!!!」
女は占いが好きだと言うのに、母ちゃんはこのロマンが分からない。
「いつも持っていきなさいって言ったって、ハンカチなんか持ってかないくせに」
「今日は特別なの~!!!」
「一位の星座だったら、もう十分運勢が良いから良いじゃないの!!!」
「ちちちっっ、今日は特別なの!!!ああ、もう髪セットする時間ないじゃん!!!いいや、学校でやろっと」
カバンに洗いざらい、俺専用の「オシャレ道具」を詰め込む。滅多に使わないヘアワックス、すぐにつけるのを忘れるコロン、ブラシにくしに鏡、リップクリーム。顔がてかったら恥ずかしいから油取り紙。
「今日はデート?」
母ちゃんが俺の顔を見てにやにや笑う。
「ううん。ストーカー」
俺が明るく答えると、母ちゃんの顔はぎょっとした顔になり、
「駄目よっっ!!!」
と叫んだ。
「やだよ!!!」
時間がない。俺はカバンを肩に掛けて駆け出す。
「ストーカーは犯罪なのよ~!!!」
母ちゃんの声が追っかけてくる。
「追っかけだよ」
「どう違うのよ!!!」
「ファンなの!!!」
「片思い?じゃあ最初からそういいなさいよ!!!」
相変わらず冗談が通じないなぁ。母ちゃんは。
「行ってきまーす!!!」
「早く帰ってらっしゃいよ!!!」
母ちゃんは、まだストーカーという単語を引きずってる。そこは笑う所なのにな。

 良い天気。今日は君に会える。スペシャル・ラッキーデイ。

 

 授業中ずっとそわそわ。鐘が鳴ると同時に席を立つ。廊下を走って怒られるけど無視。今、とっても忙しいんだ!!!

 もうすぐ君に会える。手帳を見ると15日ぶり。

 

「千石くーん!!!」
「やぁ~」
何度も見学と称して君に会いに来るせいで、俺は青学でも人気者だ。
「何しに来たの~?」
「勿論、君達に会いにだよ!!!」
腕を広げて調子よく答える。
「やだ~!!!」
オンナノコ達がくすくす笑う。俺はこーいうことが割と得意なのだ。笑われて、人を笑顔にさせることが。
「じゃ、またね~、千石く~ん」
「またね~」
大きく大きく手を振る。みんな、それを見て笑ってくれる。それで俺は幸せな気持ち。
上から微かな笑い声がする。
顔を上げると、君が笑顔で俺を見下ろしてた。
「ふふふっ。モテるね。千石くん」
まずい所見られた。ピーンチっっ!!!!
「じょ、冗談だよ!!! 俺、不二に会いに来たんだよ!!!!」
笑ってる。明らかに相手にされてない。
「ほんとほんと!!!マジでマジで!!!!」
「分かった分かった」
不二が笑いながら、背を向けて廊下を行ってしまう。
大ショック!!!!こんな日のどこがスペシャル・ラッキーデイなんだ!!!
「ちっくしょーっっ!!!やじ●まのおねーさんの嘘つき!!!」
俺はショックでその場で文字通り地団駄を踏む。 

 

 

 俺と不二との出会いは運命的。
一年生の忘れもしない六月。俺は強いって有名な青学の見学に一人で来て、高い所からじっくり見ようと木に登って、あたりを見回していた。
馬鹿と煙は高い所が好き、と言われようが俺はやっぱり高い所が好き。立派な木を見ると一度上って見たくなる。

 青学で一番立派な木。テニスコートを見下ろすのにもちょうど良い。
木に上って、いろいろな方向を見回してたら、足を踏み外して落っこちた。
次の瞬間、頭を打って、火花が飛んだ、所までは覚えてる。

 

 誰かが俺の頭を撫でてる。気持ち良い。冷たい手……。
目を開けると、逆光で良く見えない。
「大丈夫?」
耳に甘い声。にっこりと俺に向かって微笑む。その笑顔が本当に輝いて見えた。とびっきりの可愛い子。
そんな可愛い子ちゃんの膝に俺ばっちり寝ちゃってるよ!!!寝顔見られちゃったよ!!!ハズカシーッッッ!!!!
かーっと顔が熱くなる。
「いたっっ!!!」
「大丈夫?ごめんね。保健室、連れて行ってあげて良いのか分からなくて。君、他校の生徒みたいだし」
「ずっとついててくれたの?」
うんと頷く。そのしぐさもキュートだ。こんな可愛い子見たことない。
体を起こす。それを手伝ってくれる。
「頭痛い?」
心配そうな顔。冷たい手がオデコに触れる。
「平気平気!!!」
俺は無駄に強がって見せる。
体操服のその子は慌てたように立ち上がる。
「行かなきゃ。ごめんね」
「あ、俺、千石。千石清純!!!君の名前は?」
「不二。じゃあね」
そう言って、急いで走って行ってしまう。
「あ、待って!!!」
その声にはもう振り向かない。12時を過ぎたシンデレラみたい。小さくなって行く後姿も可憐だ………。
俺はその場に立ち尽くす。一目ぼれ。一目ぼれって奴?

 あ、あの子、何部なんだろう!!!
俺は慌てて、落ちたばかりの木に登って、360度あちこちを見回す。
あの子はテニスコートにいた。部活の先輩らしき男に、怒られてぺこぺこ頭下げてる。
言い訳してないみたい………。俺を助けてたって言えば良いのに。あ、他校の俺が入り込んでるの、ばれると問題になるから?
あの子、顔もあんな可愛いのに、性格まで良い!!!! めっちゃ感動!!!

 あの子、テニスやってるんだ。話し会うかも。
俺、小学校からテニスやってるし~。いろいろ、教えてあげちゃったりして!!!
俺は一人木の上で、あの子を目で追いながら勝手に盛り上がる。
良いなぁ、青学は共学で。あんな可愛い子と部活も一緒にできるなんてさぁ~。

 俺は次に青学に来るまで気づかなかった。共学の青学だって、部活は男女別々だってこと。
あんな可愛い子が俺と同じオトコなんて、信じらんない!!!! まさしくアンビリーバボーな世界!!!!

 

 

 テニスコートまでの道で擦れ違った学生服を着た不二は、俺を見て天使みたいに微笑んで、
「病院行った?」
と聞いた。
不二の学生服がショックで、ショックで、その場でぶっ倒れそうだったんだけど、その笑顔で俺の胸はまた最初みたいに高鳴った。
俺は慌ててぶんぶん首を振った。
「大丈夫?」
「うんうん。全然平気!!!!」
「知り合い?不二」
怪訝そうな顔で不二の連れが不二に声を掛ける。
「ふふふっ。ちょっとね」
「え?何処で知り合ったの?」
「内緒」
そういって、俺に向かってウインクした。何かが間違いなく飛んできた。そして俺に突き刺さった。心臓がバクバクする。喉はカラカラ。

 これは絶対間違いなく、本当にホンモノの恋だ、神様。これは俺に与えられた試練なのだ!!!多分、きっと!!!!

「じゃあね」
そう言って、小さく手を振って、去って行く後ろ姿が物凄く淋しい!!!

 

 俺の指定席の木に登って、テニスコートを眺めていても、ついつい不二の姿を追ってしまうケナゲな俺!!!!
ああ、綺麗なフォームだなぁ。結構上手いなぁ。むむ?結構なんてものじゃなくて、かなり上手いぞ!!!!
先輩相手に試合して、コテンパンに叩きのめしてにっこり笑う。
やっぱり、アイツはタダモノではない!!!!
やばい!!!不二にテニスで負けたらカッコワルイじゃん!!!俺、強くなんなきゃ!!!!

 

 触りたい。あの茶色の髪。
細くて白い腕。折れそうな足。華奢な肩。ぎゅーってしたい!!!!
部活の時、動く度に細い背中や白いお腹とキュートなおへそが見えちゃうのは絶対反則だと思うワケよ!!!!

 俺だけか?こんな不毛で不純な思いを悶々と抱いてるのは俺だけか?なんで皆、平気な訳?
夢にまで見る。ムフフ~な夢。こんな俺って変態っすか?

 3カ月くらいジタバタしたけど、笑顔で手を振られると、思いっきり嬉しくなってぶんぶん振り返してしまう俺は、これはもう運命なんだ、と諦めた。
これは運命。運命の恋。多少の苦難があった方が、恋も盛り上がるってもんさ!!! ( 多少なんてもんじゃないけど。 )

 それからずーっと好きだ好きだ好きだ好きだって、言い続けてんのにちっともマトモに相手にしてくんないの。
分かった分かったって、いつも笑ってすぐに背中を向ける。
俺、こんなに不二との出会いに運命って奴を感じてんのに!!!

 恋愛占いは、同性じゃできないんだよ。相性だけで見るならば、そんなに悪くもない。だけど良くもない。
俺はとっても運が良い!!!だからきっと大丈夫なはず!!!

 って思って頑張ってるんだけどさ~。
くそ~、ラッキーデイなんか嘘つきだ~。絶対明日からチャンネル変えてやる~。
とかぶつぶつ言いながら、歩いていると、目つきの悪い一年生が打つとゴムでボールが返って来るオモチャで遊んでいたのでからかってやりたくなった。
オモチャ相手でも、さすが青学、一年生でも技術は高い。俺はそーいう「目」はいいのだ。視力も勿論いいんだけどね。

 でも今日は運が悪いから、寸止めで交わして、遊んでやってるつもりが、顔面にボールの直撃食らってぶっ倒れる羽目になった。
火花が飛ぶ。目が回る。すぐに立ち上がれない。
俺にボールをぶつけた当人が、ほっとこと冷たく言い放って、去って行く足音が聞こえる。
ちくしょ~っ!!!!待て~っっっ!!!!
思うだけで声も出ない。

 

「あれ?」
聞きなれた声がする。
「また倒れちゃってどうしたの?」
つんつんと誰かが俺の髪を突付いてる。俺は手を伸ばす。でも力尽きてがくっと腕を落とす。
「仕方ないなぁ……」
そんな誰かの声がする。そよそよと気持ちいい風が吹いてる。とても眠い朝みたいに、俺の体を言うことを利かない。そのまま眠ってしまいそうになる。
「よいしょ。ほら、腕かして。こんな所に転がってると皆の迷惑だよ」
誰かが俺の腕を引っ張って起こす。力が入らない俺を引きずるようにして何処かに連れていく。
「ふ~っ」
大きなため息をついて、誰かが俺の体をゆっくりと下ろす。俺の体はぐにゃぐにゃ地面に沈んでいく。
あ、つめた……。ひりひり痛い顔を冷たい濡れタオルが冷やしてくれてる。
気持ち良い。なんか良い匂いする………。俺の髪、誰かが撫でてる。
薄目を開けてみたら、不二の顔がすぐ上にあって、なんだか遠くを見てた。
俺は不二の膝枕で寝てる。俺の指定席の木が作ってくれる木陰が気持ちよくて、そよそよって感じに穏やかな風が吹いて。
超気持ち良い。すっげーラッキー。
やっぱ俺って運が良い。やじ●まの占いのおねーさんを疑って悪かった。明日からも絶対同じチャンネルにするよ。
でも今はちょっと眠らせて。俺、すっげー気持ち良くって、眠いんだ。 

 

 俺はとっても運が良い。
俺と君には、運命の女神が微笑んでる。