+幸せな僕+

 不二はたまに笑顔でキツイ冗談を言う。

「来週の日曜日は何処に行く?」

 中学最後の全国大会は終わり、部活を引退した俺達は、受験生だったけれど、休みが増えた。
少なくとも、土日の休みはきっちりと休めるようになった。それで何となく日曜日には、よっぽどの用事がなければ、二人で出かけるというのが暗黙の了解みたいになっていた。

 不二と部室で二人きりになった時に、ぽろっと無意識のうちに不二に好きだと言っていて、俺は自分が突然何を言ってしまったのかと、パニックになって一人でわたわた慌てた。
そんな俺を見て不二はにっこりととても感じよく笑ってくれた。その笑顔は馬鹿にするとか、困ったとか、汚いものを見るとかそういったものが一切なかった。俺はその笑顔にその時 、救われた。中学二年の時の話だ。

「よく言われるんだ」
不二は感じよくそう言った。
「どうせ今だけなのにね」
そういって自嘲気味に微笑んで見せた。
「なんで今だけなんて分かるんだよ」
俺は咄嗟に何故か、そう強く言い返していた。
「大人になったら分かるよ」
子供扱いされた気がしてむっとした。俺は昔から、そういう言われ方をするのが嫌いだった。多分、末っ子で上の兄貴や姉貴にそう言われて馬鹿にされ続けてきたからだと思う。
「わかんない!!」
俺はぎゅっと不二の手を掴んで引いた。
「俺は……俺は何でも自分でやってみないと分かんない!!」
不二は俺を見つめて黙っていた。そうして小さなため息をついた。
「じゃあやってみる?」
不二は小さく首を傾げて聞いた。
「うん。やる!!」
俺は勢いで強くそう言ってから、その時まで不二の手を強く握り締めていたことに気がついて慌てて放して頭を掻いた。なんでこんなにドキドキするんだろう。俺はその時、多分顔が 真っ赤だったと思う。
不二はそんな俺を見て、またくすくす笑った。俺はまたその不二の笑顔を見てドキドキした。俺は不二が笑顔でいてくれるととても嬉しい!!!! その時、心からそう強く思った。

 俺は不二の笑顔が見たいんだ!!!
そう分かってしまったら、世界はとても隅々まで分かりやすくクリアになった。
そういうことかぁ……、という感じ。

 それから俺は、不二専用のピエロになった。不二は俺と違って頭が良くて、色々と考え込んでしまう性質だし、ちょうどその頃、一年生に入学してきていた弟との仲があまり上手く行 ってなくて、不二は考え込んで塞ぎこんでしまうことが多かった。
俺はずっとそんな不二のそばにいて、嫌がられても不二を笑わせるために走ったりおどけて見せたりずっこけて見せたりした。俺は不二の笑顔が見たい。笑顔の不二はとっても素敵だ 。二年生の時は違うクラスだったから、俺は毎時間ごとに不二に教科書を借りに行ったり、ヒドイ点数を取ったテストの答案を見せに行ったり、授業中に書いたくだらない四コマ漫画付 の手紙を届けたり、不二を見かけると授業中でも大きく手を振って先生に殴られたりした。
そんな俺を見て、不二はいつも困ったように笑ってくれた。俺はそんなことがとても嬉しかった。

 そうして三年生になって同じクラスになって、部活も一緒で俺達はいつも一緒にいた。部活はとても忙しくて、土日もなく一緒に遊びに行ったりは出来なかったけれど。でもいつも不 二と一緒にいれたし、クラスでも部活でも俺はいつもおどけてばかりのお調子者で、不二はそんな俺を見て、いつも楽しそうに笑ってくれたから満足だった。
でもそんな俺達を忙しくさせていた部活も引退して、やっと俺達にもまともな休日というものが出来て、二人で遊びに行くことが出来るようになったので。俺達がそれがとても新鮮で 、雑誌で調べて色々な所に遊びに行った。
そうは言っても俺達は貧乏な中学生だったので、大した遊びは出来ないんだけど。にぎやかな渋谷や原宿や秋葉原に行って、洋服や雑貨や、不二の好きなカメラを見て、ただ歩き回っ て、ファーストフードを食べて帰るだけでもとても楽しかった。
不二が行きたいと言う所は、大体が渋くて、公園の中にある美術館だったり、有名なお寺だったりした。不二はいつもカメラを抱えていて、綺麗な風景の写真と俺の写真を撮ってくれ た。
不二の持っているカメラは俺にはさっぱりわからない露光とか絞りとかいうのを自分で全部やらないといけない古いカメラで、俺が撮ってあげることも、人に頼んでシャッターを押し てもらうことも出来なかったので、二人で撮った写真はなかった。
仕方ないのでいつも、俺の携帯電話についたカメラで、不二と顔をくっつけるみたいにして、腕を伸ばして自分達のまるでプリクラみたいな小さな写真を撮ってファイル名に日付をつ けて保存した。
ピース。

 夏が終わり部活を引退してから、遊びまわって秋が終わり、冬が始まっていた。受験は気にならないでもなかったけれど、順当にしていれば俺達はエスカレーターで上の学校に進める し、推薦での他校からの引き合いも沢山来ていたので、人より楽に高校に進めるはずだった。
だから俺達は日曜日は、遊びに行く。今まで俺達はテニスばかりでちっとも遊びにいけなかったんだし。
「まるでデートみたいだね」
と言ったら、
「デートだよ」
と言われた。

「新宿のデパート」
「デパート? 不二、何か買い物あるの?」
「ううん。英二、ゲームしよう」
「ゲーム?」
「探すの」
「何を?」
不二はたまにとんでもないことを言い出す。
「勿論、お互いをだよ。デパートで待ち合わせして、お互いにお互いを探すの。色々な作戦を立てて。面白そうでしょ?」
「作戦?」
「ほら、英二はゲーム屋さんにいそうだなぁ…とか、地下食品売り場で試食しまくってるかもなぁ…とか、お互いにお互いの行動パターンを想像して、探しっこするの。探し回るのも手 だし、裏を読んで、ずーっと本屋さんから動かないっていうのもありだし」
不二が何だか得意げにそう言って、ふふふっと笑う。
「僕を探して」
「うーん。何だかそれ難しそうだにゃ~。新宿のデパートってでかいし」
「制限時間は三時間ね。その間は絶対デパートから出ちゃ駄目なの。入り口で会っちゃうとまずいから、僕は待ち合わせの時間より一時間先にデパートに入って待ってるから」
「なんだか、用意周到だね」
「ふふふ。先に見つけた方が勝ちね。その日は何でも奢るんだよ。でも、三時間の間に僕達が出会えなかったら……」
「罰ゲーム?」
「僕達は別れるの」
「何だって?」
「別れるんだよ。縁がなかったねって全部おしまい。学校でも口利かない」
不二は笑顔で言う。
「なにそれ………」
「嫌だったらまじめにゲームに参加すること。一応分かりやすいように、お互いにお気に入りの服を着てくること。目立つ格好をしてくるのもいいね。僕も英二がよく知ってる格好して くるから。電話は禁止ね。メールはオウケイ。でも場所は教えちゃ駄目。ヒントのみ。でも一回聞くごとに質問する側は答える側にジュース一本奢ること。
大丈夫。会えるよ。たまにはこういうゲームも面白いじゃない」
不二はいつものように笑う。俺は何だかドキドキする。
「待ち合わせは一時ね。僕は先にデパートの中にいるから。制限時間は三時間ね。屋上のあるところが良いな。伊勢丹にしようか」
「本当に……」
「なに?」
「本当に、デパートの中にいる?」
俺は何だか不安になってそう聞いた。
「いるよ。勿論。制限時間の間はね。そして英二を探すよ。僕の知ってる格好してきてね。あ、でも今、着てくる服言っちゃ駄目だよ。ヒントになっちゃうから」
「なんか…なんかやだ……」
「なにが?」
「やだよ。その罰ゲーム。もし会えなかったらさ、俺が奢るから……」
「だって、お互いに会えなかったら、どっちも悪いんだから英二だけおごるのって変じゃん」
「でもなんかやだ……」
「大丈夫だよ。僕も一生懸命探すからさ。三時間もあれば絶対会えるよ。そんなに大きなデパートじゃないもん。僕、英二の行動パターン良く分かってるし。
ほら楽しいじゃない。英二の好きそうなブランドとか、ペットショップで猫撫でてそうだなぁ…とか想像しながらデパートをぐるぐる回るのって。遊園地のアトラクションみたいでし ょ。
目立つ格好してきてよ。大五朗連れてきたら?背中にしょって。きっと目立つよ?」
そういって不二がくすくす笑う。大五朗は俺のベットにいつもいる熊のぬいぐるみだ。俺は何だか馬鹿にされたような気がしてぶーっと膨れる。それを見て、また不二が笑う。
「じゃあ…大五朗連れてきたらさ。罰ゲームなしにしてくれる?」
「そうだね」
不二はそう言っていつものようににっこり笑った。大丈夫かなぁ……。俺はため息をついた。

 約束の当日。俺は目立つように黄色のパーカーを着て、派手な七色の毛糸の帽子を被って、背中のリュックに大五朗を入れて、見えるように顔と手を出した状態で背負ってデパートに 行った。通りすがりの人がそんな俺を見て笑ったけれど、中学三年生にもなってくまのぬいぐるみを背負うのは恥ずかしかったけれど、でも大五朗は保険だ。不二は明らかになんか変だ った。大五朗を連れてきて、不二の機嫌が直ってくれるならそれでいい。
不二から合図があるまで、デパートに入ったら駄目だと言われた。一時ちょうどに、不二から「スタート」とだけ書かれたメールが届いた。
俺はあまり新宿に来ないから知らなかったけど、不二は小さなデパートだと言ったけど伊勢丹デパートは小さくなんかなかった。大体が本館と新館とパークシティという三つの建物に 別れていた。
「小さくないじゃん!!嘘つき!!大体建物三つあるよ?どこにいるの?」
とメールを送ると、
「高島屋と比べると小さいよ。どこかにいるよ。これ以降のメールは一回ジュース一本だからね」
と書かれたメールが帰ってきた。
俺は無駄に焦ってエスカレーターを駆け上がった。不二が行きそうな場所……。本屋? 本屋本屋と呟きながらエスカレーターを駆け上がる。でも本屋らしきものはないまま一番上の 階まで来てしまった。そういえば本屋は三つの建物のどこにあるんだろう? 慌ててフロアー案内板を見る。でも三つの建物の何処にも本という文字はなかった。
「このデパート本屋ないじゃん!!」
俺は、案内板に向かって怒鳴る。周りの人が変な目で俺を見る。
そうだ。上まで来てしまったから、屋上を見て行こう。不二、屋上があるところが良いって言ってたし。
冬のデパート屋上の小さな遊園地は寒くて誰もいなかった。ペットショップがあったけど、覗いて行く気にもならなかった。
「そうだ!!不二も俺を探してるんだ!!! じゃあ、地下食品売り場にいるかも!!!」
俺はまたエスカレーターを駆け下り、人で込みあった休日の広い食品売り場を走り回る。
これちっとも楽しくない!!! 試食する余裕なんかない!!! 絶対ない!!!
不二…会えなかったら別れるって言ってた……。本気かもしれない……。
思考が嫌な方へ嫌な方へ進む。そういうの俺らしくないのに。
今、すごく不二が遠くに感じる。どこかでつながっているって思いたい。
「ヒント教えて!!」
とメールした。すぐに、
「空が見える」
という答えが返ってきた。
「空が見える?ってことは屋上?」
俺はまたエスカレーターを屋上まで駆け上がる。息を切らして、屋上の遊園地を見回す。でも不二の姿はない。
俺はまた「ヒント教えて!!」とメールする。
すぐに「いいにおいがするよ」という返事が返ってきた。
「いいにおいってことは、地下食品売り場?」
俺はまたエスカレーターを駆け下り、食品売り場を走り回る。でも不二の影はない。
「いいにおいって、地下食品売り場とは限らないのか……。レストラン?」
俺はまたエスカレーターを駆け上がり、レストラン街を走り回り店の中を覗き込む。でも不二の姿はどこにもない。
とにかくハラハラする。嫌な心臓の動きが止まらない。早く不二を見つけなきゃ。
「ヒント教えて!!」
俺は携帯電話を握り締めてメールする。
「音楽が聞こえる」という返事が返ってきた。
フロア案内板を探して走り回る。音楽?CDショップ?見つけた案内板を探してもCDショップはなかった。
「音楽って店内放送のこと?そんなのわかんないよ!!!」
俺はそう怒鳴って、頭を掻きむしった。階段に座り込む。
ずっと同じ場所にいたら……不二が探しに来てくれるかな。俺のいそうな所……。ペットショップとか食品売り場とか……。本館と新館をつなぐ連絡通路とかにずっといたら不二と会 えるかな……。
「ああでも駄目だ!!じっとなんかしてらんない!!!あいつもどこかでじっとしてるかもしんないし!!!!」
俺はフロア案内板を睨みながらまたメールを打つ。「今、見てるこの服すごーく高いよ」という返事が返ってきた。
「ブランド物の店?うわ!!すごくいっぱいある!!!!」
俺はデパートの中を走り回った。

 時間だけがどんどん過ぎていく。不二のヒントはあまりあてにならない。「可愛いよ」だとか、「欲しいなぁ」とだけ書かれたメールが返ってきて、俺はベビー用品フロアだの、カメ ラ屋だの、手当たり次第あてはまりそうなフロアを馬鹿みたいに走り回った。
でもまだ、メールがすぐに返ってくるだけマシだった。不二は多分、とりあえずこのデパートの中には絶対いる。
時計を見た。あと、40分しかない。俺はとにかくくまなくデパートを走り回り、本館と新館とパークシティをくまなく七周くらいは回った。走って走って走って、頭が朦朧としても走 った。
その時、前方のエスカレーターを上って行く黒い帽子に黒いコートを来た人が、俺を見て慌てたようにエスカレーターを駆け上がって行った。
「見つけた!!!」
今の不二だ!!!見たことない格好してたけど。でも……、でも明らかに俺を見て逃げた。
俺はエスカレーターを駆け上がり、黒いコートの後姿を捜す。黒いロングコートを着たそいつは、フロアの端に向かってかなり早足で向かっていく所だった。
俺は慌ててそれを追いかける。黒いロングコートのそいつは階段を駆け上がっていく。俺もそれを追いかける。二階から八階まで。心臓がばくばくする。でも追いかけない訳には行か ない。走り回って疲れてるからすぐに離されてしまう。
「待て!!」
って怒鳴った。でも、振り向きもしなかった。
黒いロングコートはそのまま屋上に出て行ったようだ。俺もそれを追いかけて屋上に出た。屋上の隅で黒いロングコートの後姿は、ぜえぜえ肩で息をしながら柵に凭れて外を見ていた 。

「………つか……まえた……」
二時間半何も飲まずに走り回ったせいで声も上手く出ない。
「俺の勝ち……」
俺はそう言って、とにかくその場に座り込んで息を整えた。
不二はやっと振り向いて、同じようにしゃがみこんで頭を抱えた。
「………せっかく、別れるチャンスだったのにね」
不二はそう小さな声で言った。
「別れる気なんかないもん」
俺はそう答えた。

 息が元に戻っても、ひざを抱えたまま不二は立ち上がらなかった。
「ここは寒いよ。行こう。なんか美味しいものでも食べて帰ろう」
「………ジュース……」
「なに?」
「51本だよ。ジュース。君のおごり」
「分かった」
「卒業するまで、毎日奢って貰わなきゃ」
「うん。毎日奢る」
「卒業するまでじゃ終わらないかも」
「いいよ。高校入ってからも奢るからさ。51本分」
不二がやっと顔をあげる。何だか辛そうな顔をしていた。また俺には分からない難しいことを考え込んでいるのだ。
「大丈夫だよ。そんな難しく考えなくても、俺達は。な?」
俺はそうわざと陽気な声で言った。不二は返事をしなかった。
腕を伸ばして、不二の頬を両手で包んだ。
「似合うね。初めて見るけど、その帽子もコートも。それが不二のお気に入り?見たことない服だけど」
俺はワザと明るく、何にも気づいてないよというようにそう言った。
「当たり前だよ。今日ここに来てから買ったんだ」
真っ黒の帽子と真っ黒のコート。いつも不二が着る服は白が多い。多分目立たないように。真っ黒な帽子は深く被って。
「君はまるでチンドン屋みたいだね。そんな派手な帽子被って、真っ黄色のパーカー着て、背中には大きな熊しょって」
「目立って見つけてもらおうと思って」
俺はそう笑って言って、リュックを下ろして大五朗を取り出して、不二の前に突き出した。
「出かけにさ。大五朗がどうしてもついてくって言っ張ったんだよ。ベットの中はもう飽きたってたまには外に出たいって、ごねたんでしょうがないから連れてきたんだ。大五朗、不 二に会いたいってワガママ言うんだよ。
ほら、大五朗、不二にこんにちわって」
俺はそういって、大五朗にお辞儀させた。不二はそれを見て、馬鹿じゃない?って呟いて、目の端に涙を浮かべた。
大五朗の手でそれを拭くと、
「ぬいぐるみ、汚れるよ?」
と不二は言った。
「良いんだ!!涙を拭くのがぬいぐるみの大切な仕事なのだ!!」
と大五朗の手足を動かして、声を作って言うと、不二は困ったように笑った。
「あ、不二くんが笑った!!!泣いた子を笑顔にするのもぬいぐるみの大切な仕事なのだ!!!」
と大五朗に力説させたら、不二は困ったような顔をして、手で顔を覆ってしまった。涙がジーンズの膝に落ちる。
「大丈夫だよ!!不二くん!!大五朗も英二くんもずっとここにいるよ。不二くんのそばにいるよ!!!ね?」
大五朗の腕を使って不二の頭を撫でる。ぎゅーっと大五朗を不二の顔に押し付ける。
「うわっっ」
不二が驚いて声をあげる。
「大五朗、不二にぎゅーっとして良いよって言ってるよ。慰めたいんだってさ」
俺がそう言うと、不二は困ったように笑って、大五朗の頭を撫でた。
「お腹すいたにゃあ……。っていうか走り回って喉渇いた。なんか食べよ。地下食品売り場に美味しそうなものいっぱいあったよ」
不二が苦笑いでため息をつく。
「怒らないの?」
「何を?」
「僕が逃げたこと」
「良い。捕まえたから。俺達には縁があるみたいだから大丈夫。大体、俺の仕事怒ることじゃないし」
「仕事?」
「そう。俺の仕事は大五朗と同じで、ずっと不二のそばにいて、不二を笑顔にしてあげることだけで~す」
俺がそう陽気に言うと、不二はため息をついて、「馬鹿」と言った。
「良いの。俺は馬鹿でも、不二が笑ってくれるなら」
「なんで?」
「ん~?俺が不二の笑顔が大好きだからに決まってんじゃーん。ずっと見ていたいんだもーん。なぁ、大五朗」
俺は大五朗に同意を求める。大五朗が体全体でうんと頷く。
「好きな子を笑顔にしてあげるのが、"僕はあなたのぬいぐるみ系男子"のロマンなのでーす」
「なにそれ」
不二はそう言ってくすくす笑う。
「あ、不二が笑った!!不二が笑ったぞ。大五朗。 幸せだなぁ……、大五朗。僕は一生不二と大五朗を離さないよ、いいだろう?」
俺はそう誰かの真似をして、大五朗と不二をぎゅーっと抱きしめた。
「僕と大五朗は同列なんだ」
「俺の腕は広いので、大五朗と不二くらいはぎゅーっとしてあげられるのでーす」
俺はあくまで陽気に言ったんだけど、腕の中で不二は黙ってしまった。
「ここは寒いよ。行こう。そうだ。一昨日から五日間、ユニクロでリバーシブルのフリースが安いんだってー。お揃いで買おう。色違いで。ペアルックだ。
あ、俺、プレゼントしてあげようか。何色にする?」
「ユニクロのフリースなんて、誰もペアルックだとは思ってくれないと思うよ。大変だね。財布大丈夫なの? ジュースは51本も奢らないといけないし」
そういって不二は苦笑いした。
「ペアルックだと思ってくれない所が好都合なんじゃん。堂々と着れるでしょ。心の中で、不二とお揃いだぞーって思うから良いの。
良いんだよ。好きな子に奢るのは男のロマンだとねーちゃんも言ってた」
それを聞いて、不二がくすくす笑う。
「幸せだなぁ……」
と俺はしみじみと呟く。
「安い幸せだね」
と不二がそう言って笑う。
「はい。大五朗、定位置に戻ろう。今日は英二くんと不二くんのデートなので、邪魔しないようにじっとしてるんだぞ」
俺はそう大五朗に向かって言って、リュックに大五朗をしまって背負って、立ち上がり、笑顔で不二に手を差し出した。  

 

 それから俺達はユニクロに行き、不二は白の、俺は受けを狙って真っ黄色のフリースを買った。
不二はいつももっと良い服を着ているけど、中学生の俺にプレゼント出来るものなんてこれくらいのもので、ちぇ~っと思ったけど、不二は喜んでくれた。
「早く大人になりたいなぁ。そうしたら、不二にもっと良いものプレゼントしてあげられるんだけどなぁ……」
と言ったら、不二は笑ってた。(ちなみにその後、自分の分のフリース代はごねて親から貰ったことは不二には内緒だ。)

「そういえば、もうすぐ英二の誕生日だね。何が欲しい?」
って不二に聞かれた。
「何でも良いよ。あんまり高いものは無理だけど」
何でも良いよ、と言われてパッと思いつくことは一つしかなかった。
「お、お金で買えないものでもいい?」
「お金で買えないもの?なにそれ」
「あっ……あっ、やっぱいい。やめとく」
俺は考えただけで恥ずかしくなってしまって、慌てて大きく手を振った。
「なに?言いかけておいて気になるなぁ。とりあえず言うだけ言ってみなよ。あげられるものかどうかは、聞いてから判断するから」
「あの……あのさぁ……そのぉ……」
どうしよ?駄目元で言っちゃおうかなぁ……。
「早く言えって!!」
不二は意外に短気だ。睨まれてびくっとする。
「あの……あのね。誕生日に、キスさせてもらってもいい?」
「はぁ?」
不二が怪訝そうな顔をする。
「ほ、ほっぺたでも良いんだけど。あ、嫌なら良いんだ。別に。ごめん忘れて!!」
俺は一人で慌てて、わたわた腕を振り回す。
「そんなの……したいなら、すればいいじゃん。隙を見ていつでも」
「い、いつでも?」
「あ、いつでもってちゃんと場所選んでよ!!僕は常識人なんだからね!!教室とかでいきなりされても困るよ!!」
不二は何だか困ったような顔でそう言った。
「ホントにしちゃっても良いの?」
不二にとって俺はキスしても良い相手だってこと?俺は嬉しくてドキドキする。
「良いけど……でも……。英二は、僕にキスしたいなんて思うんだ………」
不二はちょっとだけ赤い顔をして驚いたようにそう言った。
「お、思うよ!!そりゃ!! 好きな子にキスしたいって思うのは当たり前じゃん!!!」
俺がそう照れ隠しで腕を振り回して力説すると、不二が赤い顔で目を反らす。
「でも、不二に嫌われるのはもっと嫌だから、不二がしたくないなら別に良いよ!!」
「嫌だなんて言ってないじゃん……」
気まずい沈黙が続く。俺は赤い顔で頭を掻く。

 いきなり不二は、俺のリュックに手を伸ばすと、
「さぁ、おいで。大五朗」
と言って、リュックから大五朗を取り出した。
「大五朗にちゅ♪」
不二は機嫌よくそう言って、大五朗にキスをした。
「はい、大五朗。英二にちゅ♪」
そう可愛らしく言って、大五朗の唇を俺の唇に押し付けた。
「くそ~良いなぁ……大五朗~」
俺はそう言って、大五朗をぎゅむ~っと抱きしめた。
そんな俺を見て、不二はくすくす笑った。
「解禁ってことだからね」
「え?」
「でも道端とか教室とか人の目のある所はやめてよね」
不二は念を押すように言った。
「ほんと?」
「うん。だから、誕生日のプレゼントは何にする?」
不二が首を傾げて聞く。
「うーん……」
俺は考え込んだ。欲しいもの。新しいゲームボーイのゲームとか。欲しくてもお金がなくて買えなくてMDにダビングしてもらって我慢してるCDとか、欲しいものは色々あるけど……。
「……良いや」
「何?」
「誕生日にはやっぱり不二からキスを貰う。忘れられないすっごく嬉しい15歳の誕生日になりそうだし!!」
俺はそう言って、えへへっと笑った。不二は呆れたような顔をした。
「欲がないね……」
そう言って不二は呆れたようにため息をつく。

 後日、不二と俺が買ったフリースをお揃いで着ていたら、皆が俺も持ってる俺も持ってると言い出して、結局元テニス部レギュラーの、全員が色違いのユニクロのリバーシブルのフリースを持っていることが判明した。
ちっともペアルックじゃないじゃん。それじゃユニフォームじゃん。ちぇ~っ。