+無人島にて+


 それはとても些細な雑談。
 よくある質問。無人島に流されるなら、いったい誰と漂流したいか?

 不二が委員会で少し遅れて部室に入ると、場は異様に盛り上がっていた。
「なになに何の騒ぎ?」
「無人島の話」
英二がげらげら笑いながら答える。
「無人島?」
「もし、飛行機が墜落して、無人島に流されるなら不二はテニス部の中の誰と漂流したい?」
大石が不二に質問する。
「うーん。一人だけ?」
「そう、一人だけ」
「そうだね。タカさんかな」
いきなり名指しされた河村が顔を赤くする。
「にゃんで、にゃんで~?俺、不二って答えたのに~!!!!」
同じクラスで仲良しの英二が体全体で不満を訴える。
「だって、ペアだし。英二も僕より、大石の方が良いんじゃないの?」
「えー!!!俺達クラスメートじゃん~!!!!」
「本当に、無人島に漂流するなら、英二と二人きりってのは嫌だな。だって、英二手間掛かりそうだし」
「えーっっっ!!!!」
その言葉に英二が大声で不満を訴える。皆がげらけら笑う。
「僕さ、長男だし弟がいるから、人の面倒を見るのは嫌いじゃないけど。でも、どちらかというと面倒見て貰いたいんだよね。特に、漂流みたいなそんな非常事態に、末っ子と一緒で延々と面倒見させられるのは嫌だな」
「え~っっっ!!!!」
英二が不満を訴えた後、ぎろっと河村を睨む。河村は困った顔ではははと笑う。
「二人きりになるのに、無愛想すぎるのも気分屋過ぎるのもちょっとね。だから、一人っ子も嫌だな」
一緒に漂流するなら不二が良いと答えたテニス部の一人っ子、越前と手塚が強烈なダメージを受け、何とかロッカーにしがみつく。
「やっぱり一緒に漂流するなら、タカさんしかいないよね。頼りになりそうだし。魚とか釣ってくれそうだし」
「魚なら俺だって釣れる!!!」
魚釣りが趣味の手塚がムキになって言い返す。
「君の釣りはキャッチ&リリースだろ?釣れてもどうせ捌けないじゃん。タカさんと一緒なら、美味しい料理作ってくれそうで良いよね」
「あっ、俺もだったら河村先輩が良い!!!」
場の雰囲気を読まない桃城が能天気な声をあげて手塚、菊丸、越前の三人に一斉に睨まれた。大石副部長は困った顔で笑う。
「ねぇ、やっぱりタカさんが良いよねぇ」
それに気づかない不二は笑顔で桃城に答える。困ったように笑う河村の腕に不二はしがみつく。
「でも、僕が先に取ったんだからね。タカさんと無人島を漂流するのは僕」
そう言って、不二は笑って、隣で顔を赤くして冷や汗を流して困った顔で笑う、河村の肩に頭を置いた。
『おのれ~っっっ!!!タカサン、!許すまじ!!!!』という三人の心の声が睨みから伝わってくる。
「乾もいたら便利そうだよね。食べられる植物とか、薬草とか詳しそうで。でも、無人島でもテニスの特訓させられそう」
不二は河村の腕にしがみついたまま、にこにこ話を続ける。
「きっと、発見された時は物凄くテニスが上達してんの。そういうの海堂向きだよね!!!」
「は?」
話に参加してなかった海堂が聞き返す。
「海堂と乾がお似合いって話」
「お、お似合い………」
海堂の頭に、海岸を笑いながら、「待って~」「こいつ~」と呼び合いながら走るあまり麗しくないイメージが走馬灯のように流れ、海堂の顔色が悪くなる。
「確かに……しごきがいがあるな……。みっちり練習もできる。
もしかの時に備えて、無人島でガットの代わりに使えるものや、ボールの代わりに使えるものを調べて置こう」
乾がノートに何かを書き込みながら、独り言のように呟く。
「調べんで良い!!!!」
「で、大石はやっぱり英二って言ったんでしょ?」
「あ、ああ。一応」
「ゴールデンペアだもんね。お似合いだよ」
「お、お似合い………」
「全然お似合いじゃない!!!俺と不二の方がお似合い!!!!」
英二が両腕を振り回して訴える。
「駄目だよ。僕はタカさんとお似合いなんだもん」
「残りは誰だっけ?桃と越前くんと手塚?
ああ、じゃあ、喧嘩するほど仲が良いっていうか、なんだかんだいっていつもつるんでるし、桃と越前くんがお似合いだね。
で、手塚は一人がお似合い」
そう言って、不二はにっこり笑った。
一人がお似合い………。その言葉は不二の残酷な笑顔と一緒に手塚の胸に突き刺さる。

「お似合い………」
海堂がしゃがみこんで呟く。
「一人がお似合い………」
手塚がロッカーに体重を預け、うなだれた状態で呟く。
「やだー!!!不二、タカさんと行っちゃやだー!!!!」
英二が半泣きになりながらしがみつく。
「やだなぁ。何マジになってんの?もしかしての話だろ?」
「でも、なんかやだ~」
「ほら、英二。大石と一緒だと幸せになれるよ。絶対」
「幸せになれる………」
英二の頭に何だか違うイメージが流れた。慌てて頭をかきむしる。
「不二と一緒の方が絶対俺、幸せ!!!!」
「駄目だよ~。タカさんは僕のものなんだから。あ、僕はタカさんのもの?」
ひゅ~っっっと部室に冷たい空気が流れた。
「ねぇ、タカさん」
不二がしがみついたタカさんの顔を見上げてにっこり笑う。
「あ、ああ」
河村が不二の笑顔につられて困ったように笑いながら答える。ギロッと三人の睨みが河村に突き刺さる。
「ひゅ~。熱いっすね~」
能天気な桃城の台詞に、一斉に三人が振り返りぎろっと睨む。
「そうだ。タカさん、今日はダブルスの練習しようね」
「あ、ああ」
「今度こそ勝つんだもんね~」
「う、うん」
不二が河村の顔を覗き込んでにっこり笑う。

「だ、ダブルスの仲が良いことは良い事だよ」
大石が場を丸く治めようと気休めにもならない台詞を言う。

「さぁ、行こ。タカさん」
不二が河村の腕を引っ張って、笑顔で部室を出て行く。
三人が一斉に溜息をついてその場にしゃがみこむ。
「まぁまぁ、無人島に漂流するなんて、ありえない話だから。な」
大石が慌てて皆を励ます。
桃城は難癖をつけられ、グラウンド30周の刑を食らった。
そしてその後、一週間。河村は部活の時、皆の一斉攻撃を食らった。

 

「え?世界が滅びるとしたら?」
「そう。世界が滅びるとして、テニス部の誰かとエッチしたら、世界が滅びないって言われたら、誰を選ぶ?」
後日、英二が直接話法に出た。
「世界が滅びちゃえってのは駄目?」
「駄目っっ!!!!世界と貞操とどっちが大事?」
「どっちも大事だけど。えーと。そうだな~」
不二がぐるっとテニス部レギュラーを見回す。
「大石かな」
「なんで大石!!!!」
「一番普通そうだから」
「俺だって普通だ!!!!」
「僕、甘えられるのはちょっとな………」
「えーっっ」
「手塚はなんかやることが変態っぽいし。越前はまだ無理でしょ」
変態っぽいと言われた手塚と、まだ無理と言われた越前は傷ついてその場にうずくまって頭を抱えた。
「わーっっ!!!手塚、越前!!!」
撃沈した二人を見て、大石が慌てる。
「海堂は性格的に地球の平和が掛かってても無理そうだし。タカさんもそういうの苦手そうだし。乾には変な薬を使われそうだし。桃はなんかサカっちゃって大変そうだから嫌」
「ひどい………」
桃城が傷つく。海堂と河村は顔を赤くしており、乾は平然としている。その反応が性格の差である。
「地球の平和という大義名分があれば、立派に「義務だけ」果たしてくれそうだから。大石かな。やっぱり。
まぁそんなことありえないけどね」
不二はそう言ってにっこり笑った。