+チョコレート・ジャンキー+

 二月の頭の三年生の家庭科の授業では、気の利いた家庭科教師が調理実習で手作りチョコレートを作る授業を行った。ただ溶かして固めるだけでは芸がないので、トリュフを作り、ラッピングまでを授業で行う。ただし、教育要項の改定で、技術家庭科の授業は男女共通となったため、男子生徒も強制的にそのチョコレート作りに参加させられた。

 学校は、甘いチョコレートの匂いで満ちていた。
バレンタインデー当日、2/14日の家庭科教室では、三年六組が調理実習を行っている。

 調理実習後の試食タイム。菊丸英二は今、ラッピングが終わったばかりのチョコレートの箱を早々に開け、チョコレートに大口をあけてかぶりついている。女子は誰かにプレゼントすると息巻いているが、配る方には関係のない男子は自分が食べてオシマイである。
「あまーい!!!!」
「チョコレートだから当たり前だよ」
同じグループでチョコレートを作った不二周助が笑顔で答える。
「あれ?不二は食べないの?チョコレート」 
不二の綺麗にラッピングされたチョコレートの箱は、机の上で手付かずのままだ。
「うん」
「そーいや甘いもの嫌いだっけ?俺、貰ってあげるよ!!!」
そのチョコを奪おうとした菊丸の手より先に不二の手がそれを取り上げる。
「駄目!!!」
「食べないならいーじゃん」
「これは駄目なの。あげたい人がいるから」
「あげたい人?誰?」
「うふふ。恥ずかしいから内緒」
不二が恥ずかしそうに頬をそめて笑って答える。その様子に、密かに動揺する菊丸。不二の肩を掴み振り回し、
「親友の俺に秘密なんて水臭い~!!!教えろよ~!!!」
と訴えたが、
「だーめ。内緒」
と不二に相手にされなかった。
「とにかく、これは大事な人にあげるんだよ」
不二はにっこりとそう笑顔で答えた。

 不二が手作りチョコレートを誰かにあげるらしい!!!!
そのニュースは菊丸の口から、いささか大袈裟にテニス部メンバーに伝えられた。
ちなみに中高一貫教育の青学では、他校を受験しない限り、中学三年生での受験を理由にした部活引退はない。
菊丸の口から、悩み相談として大石に伝わった不二のチョコレートの話は、心配性の河村と妄想に近い予測を確信に変える乾を経由し、手塚の耳に伝わる頃には、
「不二には好きな人がいて、チョコレートと一緒に僕を食べて(ハート) とそいつに部活後告白しに行くらしい」
という情報に変化した。
「へ~。不二先輩、そんなに好きな人がいるんですか~」
まるっきり外野の桃城が呑気な台詞を吐き、この話題に関して、非常にデリケートになっている手塚からグラウンド10周の刑を食らった。
ちなみに現在、テニス部の部長は手塚から桃城に代わったのだが、実質誰も手塚には逆らえない。

 その日一日手塚は眉間に皺を寄せイライラし、目につく部員を次々と走らせた。部員のほとんどがグラウンドを走っており、テニスコートには三年生しかいない。

「なんだろ?今日はよく皆走ってるね。体力作り?」
不二が怪訝な顔をする。
「まぁ……ちょっとな……」
青学の母、大石が困った笑顔でその質問に答える。

「はいはいチョコレートはこの箱にね」
フェンスの外で、次々とチョコレートを持ってやってくる女子生徒達を乾が仕切る。
「今年も凄い女の子達の数だね。もう要らないってくらいチョコレート届くんだろうね」
と呑気な不二の台詞に、手塚と菊丸と河村は、
「そんなことない!!!!」
と声を揃えて殺気立った調子で答えた。
「あれ?毎年持ち帰るの大変だって言ってたじゃない? そんなにチョコレート好きだったっけ?」
「……………」
言葉につまり、返事の出来ない三人。
「今年は調理実習でチョコレートを作ったから、きっとそのチョコレートが沢山届くんだろうね。手塚が今年も一番かな。持って帰るの大変だろうね。甘いのそんなに好きじゃないのにね」
「そんなことない!!!大好きだ!!!いくらでも大歓迎だ!!!」
「あれ、そーだったっけ?」
不二が不思議そうな顔で首をかしげる。
「でも手作りチョコレートって、貰う側としてはちょっと微妙だよね。ちょっと貰うの怖いし。
日持ちしないだろうし、今回は調理実習で作ったものだから、ラッピングが違うだけで皆、同じチョコレートだから同じ味だし、飽きちゃいそうだよね」
「飽きない!!!全然飽きない!!!手作りチョコレート大歓迎!!!」
菊丸が大声と大きなリアクションで否定する。
「君たち、そんなにチョコレートが欲しいの?」
三人とも大きく首を振る。
「今年は皆で貰った数の競争でもしてるの?」
「……………」
「じゃあ僕のあげようか?」
「貰う貰う貰う!!!!」
三人とも声を揃えて大声で頷いた。
「ずるいぞ、手塚なんかどーせいっぱいもらえるじゃん!!!」
「菊丸だっていっぱいもらえるだろ!!!」
「チョコレート貰う数なら一番少ないのは毎年俺だよ!!!不二のチョコレートを貰う権利は俺にある!!!」
三人が言い争いを始める。
「じゃあ、僕が貰った分、帰りに皆に別けてあげるね。僕、そんなチョコレート好きじゃないし」
「あ゛………」
「今日、僕帰りに用事があるから、あんなに沢山チョコレート持ち帰るのどうしようかなって思ってたんだよね。皆が貰ってくれるなら良かった~」
不二が嬉しそうに言う。三人とも返す言葉をなくす。

「不二~、ちょっと運ぶの手伝ってくれないかな~。もうダンボールいっぱいになっちゃって~」
乾が不二に声を掛ける。
「分かった~。今行く~。良かったね、皆。チョコレートいっぱいだって」
不二は笑顔でそう言って、チョコレートを運ぶ手伝いに走って行く。
三人が一斉に溜息をつく。
「………手塚チョコレート好きだっけ?」
「見るのも嫌なくらい嫌いだ」
「俺は好きだけどさ~。不二って毎年、うちの学校で手塚の次に沢山チョコレート貰うよな……。三等分にしてもどんだけあるんだろう……」
「俺はもう十分だ。二人で別けろ」
「ずるいぞ!!!手塚!!!! 少ないって嘆いてたよね。タカさんに全部あげるよ!!!!」
「俺だってもう結構だよ!!!!」
三人が言い争いしている所に不二が笑顔で走ってくる。
「沢山チョコレートあったよ!!!僕あての分でダンボールに三つあるみたい。単純計算でダンボール一つずつだね。チョコレートいっぱいで良かったね」
と言って、不二がにっこり笑う。三人が引きつった笑顔で頷く。
「良かった~。僕一人じゃ絶対持ち帰れなかった~。貰ってくれて嬉しいよ。ありがとう!! 今度何かお礼するね」
「あ、ああ!!」
「ま、まかせろ!!!」
「じゃあ、帰りにね」
不二が手を振って走って行く。三人がその後姿を呆然と見送る。
「菊丸、まかせろって言ったんだから、全部まかされろよ」
「冗談じゃない!!!ノルマは1/3ずつだろ!!!」
「でもここで不二に感謝されて、ポイント上がるなら良いかも……」
河村の呟きに、三人が腕を組んで考え込む。
「俺、お礼にハンバーガーでもおごってもらお!!!そうしたら不二とデートできる!!! そのお礼に寿司をおごるよって呼び出せば向こう二回不二と二人っきりになれるんだ!!」
河村がポンと手を叩く。
「あ、俺もそーする!!!」
「お前、同じクラスで不二と一緒に毎日、弁当食ってるだろ!!遠慮しろ!!!」
「嫌だ!!!なんで俺が手塚に遠慮しないといけない訳?」
「俺、チョコレート全部貰っても良いよ!!!」
「ずるい!!!1/3だぞ!!!!」
「お前らと不二を二人っきりにさせるくらいなら、俺が全部持ち帰る!!!」
「手塚なんか自分の分だけであんなにあんだから、どーせあんなに沢山1度では持ち帰れないじゃん!!!!」
三人は誰がチョコレートを持ち帰るかでぎゃーぎゃー喧嘩を始める。
「そんなにチョコレートが欲しいなら、俺のあげても良いっすよ」
その様子を見て、越前が声を掛ける。
「そんなもの要るかっ!!!」
三人声を揃えて怒鳴り返す。
「なんなんすか、いったい……」
不思議そうに首を傾げる越前だった。

 部活後の部室は妙に機嫌の良い不二の鼻歌が響き、それを緊迫した顔で様子をうかがう手塚、河村、菊丸のせいで不穏な空気に満ちていた。
それをはらはらしながら見守る青学の母、大石。ニヤニヤ笑いながら見つめる乾の姿があった。

「あーあ、なんかおなかすいた。甘いもの食べたくなっちゃったな~」
ロッカーに向かって、越前が呟く。
「不二先輩、三年生調理実習でチョコレート作ったんでしょ?まだあったら頂戴?」
越前の台詞に手塚、菊丸、河村が驚愕の表情を見せる。
「………なんて直接話法な………」
「ああ言えばよかったのか……」
手塚と菊丸が小声で呟く。
「駄目だよ」
「ちぇ~」
三人が、安堵の溜息をいっせいにつく。
「自分で食べるんすか?」
「あげるんだよ」
「誰にあげるんすか?」
越前のその質問に一斉に息を呑む。
「ふふ。内緒」
「え~、気になるじゃないっすか」
「僕の大切な人だよ」
「教えてくださいよー」
「教えない」
三人の心臓は掴まれたようになり早鐘のように打つ。三人ともロッカーに掴まり体重を支え、ショックで倒れないようにしている。
越前が三人の方を見る。そしてにやりと笑った。
三人が一斉に「おのれ~っっっ!!!」と心の中で呟く。
パタンと不二がロッカーを閉める。
「じゃあ僕急ぐから」
「ま、待ってくれ!!!」
「俺もすぐ着替えるから!!!」
「ごめんね。今日は大切な用事があるんだ。先に行くね。あ、三人ともチョコレート貰ってくれてありがと。凄く助かっちゃった」
不二に笑顔を向けられ、引きつった笑顔を三人が作る。
「じゃね」
不二が機嫌良く手を振って出て行く。
手塚と河村が溜息をついてしゃがみこんで頭を抱える。菊丸が泣きべそをかいて、大石に慰められている。
「で、結局、誰なんだろ?不二先輩の手作りのチョコレートをあげたい大切な人って」
越前が伸びをしながら呑気な顔で言う。
「さぁな、俺の予想を聞きたいか?」
乾がノートを見つめながら呟く。一斉にしゃがみこんでいた三人が顔を上げる。
それを見てにやりと乾が笑う。
ごくりと三人が息を飲む。
「悩ませておいた方が面白いから教えない」
「乾のケチーっっっ!!!」
「とりあえずこの中にはいないってことっすよね。不二先輩の大切な人」
「おちび!!!平然とした顔で人を地獄に叩き落とすようなことを言うな!!!!!」
「それより、頑張ってチョコレート持ち帰れよ」
乾の台詞に三人は、自分の足元に積み上げられたダンボールを見つめまたため息をつく。
「で、結局誰なんだ~!!!!」
空しい菊丸の叫びがこだました。

 

「これだよね。はい」
「ああ。悪かったな。荷物運びなんか頼んじゃって。そうそうこれこれ。このセーター気に入ってたんだよなー!!! うっかり寮にもってくるの忘れちゃって」
不二から受け取った袋を開けて、裕太が中身を確認する。
「それと、家から預かってきたものがあるよ」
「なに?」
「バレンタインのチョコレート、これが母さん、これは姉さんから」
可愛くラッピングされた二つの箱を裕太に渡す。
「ああ、そっか。もうバレンタインの時期か」
それを受け取り眺めながら裕太が呟く。
「学校で貰わなかったの?」
「貰う訳ないだろ。うちの学校男子校だぞ」
「ああ、そっか」
「兄貴は今年も沢山貰ったんだろ?持ち帰るの大変だったんじゃないか?」
「うん。沢山貰ったけど、皆が貰ってくれたから持ち帰らなくて済んだんだ」
「ふーん」
裕太が気にも止めず返事する。
「なんかね、チョコの数で争ってたみたい」
「ああ、そういうこといちいち気にする奴っているもんな」
「もうあんなにいっぱい貰ってるのにね」
「あ?もらえない奴に配ったんじゃないの?」
「ううん。手塚と菊丸とタカさんが貰ってくれたの。三人でもらえる数競ってたみたい」
「ふーん。案外、子供っぽい所あるんだな。あの人達も」
貰ったチョコレートをカバンの中にしまう。
「それでね。これは僕から」
「はぁ?」
「調理実習で作ったんだ」
「なんで俺に?」
「姉さんと母さんが楽しそうに裕太に食べて貰うんだって、チョコレート作ってたから、僕も裕太に食べてもらいたくなったんだよね」
「………変なもの入ってないだろうな」
裕太は、昔から不二の作る変なものの入った料理を食べさせられることに慣れている。
「大丈夫だよ。調理実習で作ったものだから、変なものは何も入れてないから」
「ホントだろうな~」
「美味しいよ。多分。僕は味見してないけど。皆、美味しそうに食べてたから。食べたら感想聞かせてね」
「………ああ」
「三つとも手作りだから、お早めにお召し上がりくださいね」
不二がニコニコ笑って答える。
「う………」
裕太は甘いものが嫌いではないが、チョコレートには子供の頃食べ過ぎて鼻血を出したトラウマがある。
「裕太のために作ったんだから食べてね」
「お前は授業で作ったんだろ!!!!」

「裕太……僕をあげる!!!チョコレートと一緒に食べて!!!!」
「あっ、兄貴、駄目だよ、そんな!!!!」
「裕太に僕を食べて欲しいんだ!!!」
「駄目だよ、兄貴!!!!あっ!!!そ、そんな!!!」
「優しく食べて(ハート)」
「うわぁぁぁぁあああ。父さん、母さん、姉さんごめーんっっ!!!」

 

 自分の声の大きさに目覚めた裕太が、枕を強く抱きしめたまま、がばっと跳ね起きる。
「ゆ………夢か………」
俯くと鼻からたらっと何かが落ちる。
「はっ、鼻血っ!!!こっ、これというのもチョコレートを食べ過ぎたせいだ。そうだ。そうだよな!!!!昨日寝る前に三箱もチョコレート食べたから!!!!」
自分に言い訳をしながら、ティッシュを慌てて鼻に詰める。
「昔から、体質的にチョコレートとは合わないんだ。そうだ。そうだよな。あははははは」
自分に言い聞かせるように言った後で、肩を落として溜息をつく。
「そう、兄貴が悪いんだ。チョコレートなんか持ってくるから………」
しかし頭の中に夢の中で見た兄の『超エロい顔(もしくは体or技)』が打ち消そうとしても頭から離れない。
「違う……俺は変態じゃない………」
裕太が頭を抱えて真剣な顔で呟く。
ふと何かに気づく、がばっと自分が被っていた布団を跳ね除ける。
「あああああああああああ~」
そこに『何か』を発見した裕太が力いっぱいうなだれる。
「これというのも全部、兄貴だ!!!兄貴が悪い!!!!!絶対あのチョコレートに変なものが入ってたんだ!!!」
冷静に考えれば普通の中学生がそんな変なものを用意できるはずはないのだが、裕太はそう思いこむことで自分を納得させた。

 

「おはよ~、あれ?」
校門で手塚の姿に気づき、走りよってきた不二が手塚の顔を見て不思議そうな顔をする。
「どうしたの?目、真っ赤だよ?」
「…………」
結局、不二のチョコレートを渡した相手が気になって、眠れなかった手塚だった。
「おはよ~。ふぁああああ」
「おはよ~。は~っっ」
同じく眠れなかった菊丸は挨拶と同時に大きなあくびをし、河村は大きな溜息をついた。
「なんか、みんなお疲れだね。英二、また夜更かし?」
「眠れなかったの!!!!」
「チョコレートの食べ過ぎじゃない?」
不二がそう言ってにっこり笑う。
「食べ過ぎてない食べ過ぎてない!!!!」
三人が同時に声を合わせて答える。
「皆、本当にチョコレート好きなんだね。
そうそう、昨日は本当にありがとう。助かっちゃった。チョコレート貰ってもらったお礼、何が良い? 僕のお礼もチョコレートにしようか?」
冗談っぽく不二が言ってくすくす笑う。
「もらえるの?」
喜々として菊丸が利き返す。
「え?ホントにチョコレートが良いの?」
「チョコレートもらえるの?やったぁ!!!」
「俺も!!!」
手塚と河村が同時に声をあげる。
「三人ともチョコレートでいいの?」
三人ともうんうんと何度も大きく首を振る。
「そりゃ構わないけど。バレンタインデー過ぎたから、安いだろうし。そんなのお礼にしちゃって良いのかなぁ?」
「か、買った奴?」
菊丸ががっかりした顔で聞き返す。
「作った奴が良いの?」
三人とも大きく首を振る。
「じゃあ作ってあげるよ。味は保証しないけど」
「やったぁ!!!!!」
「本当にみんな、チョコレート好きなんだね」
不二が感心したように呟いた。

 翌々日、不二から部活の後の部室で手作りのチョコレートを貰った手塚は感動のあまり声が出ず、英二は飛び跳ね、河村は喜びのあまり泣き出すほどの喜びようだった。
「良いな~」
越前が呟く。
「はい。越前くんにも」
「なにっっ!!!!なんで越前にまで!!!!」
「いっぱい出来ちゃったんだ。桃にも乾にも大石にもあげるね」
そう言って、不二は次々とチョコレートを配る。
三人は落胆のあまりうなだれる。
越前がじっと三人を見た後、にやりと笑った。
三人は心の中で「おのれ~っっ」と呟く。
「で、結局、不二先輩、誰にチョコレートあげたんすか?」
三人が顔色を変えて息を呑む。
「うふふ。内緒」
は~っと、憂鬱な溜息を三人同時についた。それに気づいた不二が不思議そうな顔をする。
「ほんと、みんなお疲れだね」
「そうっすね」
「何があったんだろう?」
「さぁ?くだらないことじゃないっすか?」
越前はそう言って、睨む三人の顔を見て、にやりと笑った。

 

「ごめんね。呼び出して」
家族が面会に来ていると、寮監から内線を貰った裕太が玄関に顔を出すと、兄の周助がいた。
同時にあの夢の妄想が頭によみがえってきたので、慌てて裕太は自分の頭をぶんぶん振ってイメージを振り払おうとする。不二が怪訝な顔をする。
「どーしたの?」
「な、なんでもない。それより、兄貴こそ何の用だよ」
「裕太にあげたいものがあって」
そう言って、小さなラッピングされた箱を渡す。
「な、なんだよ?」
「チョコレート」
「ま、またかよ?」
「皆にチョコレート貰ってくれたお礼に何が良い?って聞いたら、チョコレートが良いって言うから、また作ったんだ。今度はビターチョコにしたの。美味しいよ。沢山できちゃったから、裕太にもあげようと思って。そーいえばこの間のチョコレートはどうだった?」
その質問と同時に、またあの妄想が蘇る。
「どうしたの、顔赤くしちゃって」
「はっ、鼻血が出た!!!!チョコレート食べ過ぎて」
「三箱いっぺんに食べたの?優しいね。裕太は」
そう言って、くすくす笑う。思わずその口元や、指の動きに目が行ってしまって、再び裕太は慌てて頭をぶんぶん振る。
「多分、本日中にお召し上がりくださいってことはないと思うんだけど……」
不二がそう言って渡そうとした箱を裕太は受け取らず、そっぽを向く。
「もうその手は食わねーぞっ!!!」
「その手?何のこと?鼻血のこと?前回も今回も、僕、怪しいものは何にも入れてないよ。まだカレーの中に、美味しそうな色のレゴブロックを入れて、裕太の歯が欠けたこと根に持ってんの?」
「レゴブロックなら見ればすぐわかるからまだマシだ!!!絶対なんか入れただろ!!!!!」
「信用ないなぁ……」
そこを観月が通りかかる。
「じゃあ良いや。観月くん、これ……」
観月を呼び止め、その箱を渡そうとした所を裕太の手がそれを奪う。
「なんですか?」
呼び止められた観月が立ち止まる。
「裕太、貰ってくれるの?」
「……………」
赤い顔で裕太がそっぽ向く。
「ありがと。裕太に食べて貰いたかったんだ」
「お前、それ言うのやめろ!!!」
「なんのこと?」
「人を呼び止めておいて、無視するってどういうことですか?!」
無視された観月が叫ぶ。
「でももうチョコレートの差し入れは要らないからな!!!」
「分かった分かった。次は違うものにするよ。
でも裕太は三箱で鼻血が出ちゃったのに、本当にあの三人はチョコレート好きだよね。まるで中毒だね」
「どっかおかしいんだ」
「だから、僕に何の用なんですか?」
「ごめんね、観月くん。用事なくなっちゃった」
「な~っっっ?」
「あっ、兄貴、他の人にも同じチョコレートあげたのか?」
「そうだけど…?」
「それは駄目だっ!!!」
「なんで? だから変なものは何も入れてないってば」
「絶対駄目だっっ!!!」
「さっきから人を無視して何なんですかっっ!!!!失礼にも程がありますっっ!!!」
裕太と、観月の両方に怒鳴りつけられて、不二は驚いて一瞬言葉を失う。そして改めて観月に向かう。
「えーと、ごめんね。観月くん。僕、別に君と話すことなんて何もないんだ。もう行っても良いよ」
「な~っっっ?!」
観月に向かって、そう言った後、怒る観月を無視して、不二はもう一度裕太に向かい、
「裕太、分かったよ。これからは裕太のためだけにチョコレート作るようにするからね」
と笑顔で言った。
「そういうことじゃねぇっ!!!」
「今回も一応、皆のために作ったんだけど。裕太に食べて貰いたいなぁって裕太のこと考えながら作ったんだよ」
「頼むからそーいう思わせぶりな言い方はやめろっっ!!!」
「も~。裕太はやきもち焼きなんだから」
「そーいうことじゃねぇっっ!!!! 食べて、夢に見たらどーするんだ!!!」
「夢? 何の夢?」
不二が不思議そうに首を傾げる。裕太の顔が首まで赤くなる。
「な、なんでもない!!!」
「変な裕太」
「あなた達、二人とも変ですよ!!」
「あ、まだいたの?観月くん」
「な~っっ?!」

 チョコレートに催淫効果があるかどうかは分からない。ただし、裕太の心配は杞憂に終わった。
「あ、おはよ!!!英二!!!どーだった?僕の作ったチョコレートの味は?」
「あっ、ああ、あれね。そ、そう。甘かったよ!!!」
英二が困った顔で答える。その場に居合わせた手塚と河村も焦ったように大きく頷く。
「ああ、甘かったな!!」
「甘かったよ!!」
手塚と河村が話をあわせるように慌てて答える。
「ビターチョコなのに?」
「……………」
結局、貰った不二の手作りチョコを食べるのが惜しくて、一口も食べずに大切に飾ってある三人だった。