+アオイロ・LED+


 最近、乾は学校の帰り道、毎日スーパーで豆腐を二丁ずつ買う。
 きっと、どこかのテレビで「豆腐は健康に良い」って特集されたんだと思う。
 今週末に遊びに行ったら、多分、豆腐料理を僕は食べさせられるんだろう。間違いない。

 そして、今週末、乾の家に遊びに行ったら僕は、インスタントで作るマーボー豆腐を食べさせられた。(初めて食べたけど結構美味しかった。)
ほら、やっぱりね。

 

 乾と一緒に秋葉原に行った。中古の安い三脚を買うためだ。
お菓子の缶で出来たカメラ自体はとても軽いものなので、大型の三脚は要らない。
持ち運びに便利で、でも足がしっかりしてる、安い三脚を探した。
僕は三脚よりガラスケースの中に展示されている、カッコいい古いカメラばかりを見ていて、乾が主に三脚の足ばかりを見て、店員さんに色々なことを聞いていた。
話し込んでいたから買うのかと思ったら、乾は店を出るという。
「何店舗か回らないとな」
乾はなんだか楽しそうだった。
僕はふーん、そういうものなのか、と他人事のように思う。
五店舗くらいカメラ屋さんを回って、価格をチェックをして、一番安い店で三脚を買った。
乾は店員さんと交渉して、2000円もしない三脚にフィルムを二本つけて貰って、僕にくれた。

 

 僕は秋葉原に来るのが初めてで、休日の秋葉原のあまりの人とモノの多さに目が回りそうだった。
興味深いものがあると、あれは何だろう?と僕はつい立ち止まってしまう。
ぼんやりしてる僕は、迷子になる、と何度も乾に腕を引っ張られた。

「ついでに何か欲しい物はないか?」
と聞かれた。
何処にでも案内してやる、と言われたけど、僕には何も欲しいものがなかった。

 乾が少し見たいものがあるというので、ついていく。
裏通りみたいな細い道に入ると、機械の部品を沢山扱った店が沢山あった。
僕には、それらのパーツが何に使うものなのかさっぱり分からない。
乾は小さなパーツを幾つか買った。
「何を買ったの?」
と聞いたら、
「青色発光ダイオードと青緑発光ダイオード」
という答えが返ってきた。
ダイオード………。
「………何に使うの?」
「光らせてみたい」
「………そ、それだけ?」
「それだけ」
僕は乾は怪しい機械でも作れるのかと思っていたので、その答えにちょっとホッとする。
「訴訟になってるんだ。青色発光ダイオードは」
「訴訟?」
「発光ダイオードはほら、信号なんかに使われたりしてるものなんだけどな。
青色の発光ダイオードはどうしても暗くなってしまったり、寿命が短かったりして、明るくて見やすくて長持ちする青色発光ダイオードがなかなか作れなかったんだってさ。文字が出る電光掲示板とかで、青色の文字は見たことがないだろ?」
「ああ、そうだね」
「信号も、青じゃなくてずっと緑だった。
それを、ある会社の研究者が明るくて長持ちする青色発光ダイオード発明したんだ」
「凄いね」
「凄いんだ。でも、それに見合うお金を会社が払わなかったということで裁判になってる」
「ふーん」
「青色発光ダイオードは、1990年代に発明されたんだが、ずっと高くて1個1000円以上したんだが、最近普及して値段が下がってきて、俺にも買える値段になった。
青緑色発光ダイオード、なんてのも発明された」
「ふーん。じゃあダイオードって、豆電球みたいなものなの?」
「違う。ダイオードは半導体」
…………半導体……分かんない………。
「でも、そのうち、家庭の光りは全てダイオードに変わると言われている」
「そうなの?」
「発光ダイオードは、使う電気が少なくて済むし、長持ちするんだ。
光りの三原色って習っただろ?」
「うん。赤、青、緑の光りを重ねると、白になるって奴ね」
「赤、青、緑の発光ダイオードを重ねれば、明るい白い光りが作れるんだ。だから、ダイオードがもっと普及すれば、家庭の電気は全て電球や蛍光灯から、消費電力が少なくて長持ちするダイオードに変わると言われている」
「そっか。じゃあ、青色発光ダイオードが発明されたのは、本当に凄いことなんだね」
うーん。勉強になった。

「乾はやっぱり、そういう研究者になりたいの?」
「そうだな。父さんがやってるような、機械系の開発も面白そうだな、と思うし。母さんのやってるような、化学系の研究も面白そうだな、と思う」
「いいね。やりたいことが沢山あって」
なんだか乾が羨ましい。
「不二にはないのか?やりたいこと」
「僕は、まだ分かんないな。将来やりたいこと……」
「まぁゆっくり探せば良いさ。まだ中学1年生なんだから」
「そうだよね」
乾が手帳を捲る。
「さぁ、次は印画紙を買いにヨドバシカメラやさくら屋に行こう。新品の消耗品はポイントを狙った方がお得だ」
ぐいっと乾に手を引かれる。
人波をすり抜けて、僕達は駅に急いだ。

 僕がいつも行かないような巨大な手芸専門店みたいな所に連れて行かれて、カーテン生地売り場で完全遮光するという黒い分厚い布を買い、黒いボール紙や紙、袋の口を締めるためのゴムを買った。ピンホールカメラを首から下げられるように、適当な太い紐も買った。

 乾の家にミシンがなかったので、手分けして印画紙を外で感光させないように交換するための袋を手で縫った。袋は三重重ねになっている。
完成した袋で、印画紙を変える練習を何度もして、印画紙が感光しないことを確かめた。
お菓子の缶で出来たピンホールカメラに首からかけられるように、お揃いの紐をつけた。
ボール紙でピンホールカメラを置ける台を作って、三脚に取り付ける。
カメラを実際に置いて、公園で試し撮りしてみた。
寝そべっている犬にそーっとカメラを向けた。お願いだから動かないでって手に汗握って祈っていたら、三分間そのままじっと動かないでいてくれたので、ちゃんと写ってた。
今、僕の部屋の壁は、僕が撮って焼き増しした、ピンホール写真だらけになっている。

 

 ピンホールカメラには、ファインダーがない。
図書室で、今回使うお菓子の缶と、印画紙の距離と針の穴の大きさから、露出と被写体距離の大体の計算方法を教わる。
大体160センチの僕の全身を撮りたければ、大体何メートル離れれば良いか、を計算する。

 そして、地図を見ながら、何処に撮影に行くのか相談をした。
横浜は公園が多いけど、人も多い。井の頭公園はちょっと近すぎる。

「遠足のしおりでも作りたい気分」
僕は独り言のように呟く。
「もう一つ作らなくてはならないものがある」
「なに?」
「てるてる坊主」
乾はニコリとも笑わずにそう言った。
「やっぱりおやつは300円まで?」
「バナナはおやつに含まれない」

 僕は律儀に300円分のお菓子を買った。
撮影小旅行は、雨天延期。 



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